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母乳バンクがリニューアル
~ミルクの供給能力3倍に~

 生まれたときの体重が極端に少ない赤ちゃんは、体のさまざまな機能が未熟で、病気にかかるリスクが高い。栄養のバランスがよく、病気の予防に有効とされる母乳が必要だが、母親が服薬していたり、体調が悪化していたり、授乳が困難な場合がある。そんな新生児に提供される、寄付された母乳を安全・安定的に処理し、「ドナーミルク」として供給する施設「日本橋母乳バンク」(東京都中央区)がリニューアルされ、処理能力が拡大した。

送られてきた母乳

送られてきた母乳

 ◇病気になりやすい低出生体重児

 この母乳バンクは、支援企業である育児用品メーカー「ピジョン」の本社1階にあり、ドナーミルクの処理、保管、供給を行っている。国内に3カ所ある母乳バンクの一つだ。

 ドナーミルクとは、健康で母乳がたくさん出る母親から無償で寄付された母乳を衛生的に処理したもの。出生体重1500グラム未満の極低出生体重児が主な利用対象で、母親も何らかの理由で授乳が難しいなどの状況を見た上で、医師が使用の可否を判断する。

 低体重児や早産児の多くは栄養失調。体温保持能力や呼吸機能など、生命を維持するのに必要な機能が未熟で生まれてくる。そのため、腸の一部が壊死(えし)する壊死性腸炎や未熟児網膜症、後天性敗血症、慢性肺疾患など重い病気にかかるリスクが高い。

水野克己医師(ピジョン提供)

水野克己医師(ピジョン提供)

 ◇母乳は薬

 日本母乳バンク協会の代表理事で昭和大学医学部小児科学講座の水野克己教授が、こうした赤ちゃんに母乳が有効である理由を示してくれた。

 母乳には、オリゴ糖、上皮成長因子、miRNAなど、未熟な腸管を成熟させる因子が複数入っている。一方、人工乳はそれらを含まない上、異種タンパク質。小さく生まれた赤ちゃんの腸管上皮粘膜に炎症を起こす可能性がある。

 これらの点から、母乳は人工乳に比べ①壊死性腸炎に罹患(りかん)するリスクを、3分の1に低下させる効果がある②体への負担が少ない③早期の経腸栄養が確立できることから、発達に関する問題(視覚・聴覚障害や認知機能障害など)について、発生割合を低下させる―など、いわば薬のようなメリットがあるという。

 水野医師は「新生児集中治療室(NICU)に入る赤ちゃんに、人工乳ではなくドナーミルクをあげられるよう、世界的に母乳バンクの整備が求められている」と指摘する。

冷蔵庫に母乳パックを入れて、ゆっくり解凍する

冷蔵庫に母乳パックを入れて、ゆっくり解凍する

 ◇厳格な安全性で運用

 日本橋母乳バンクの前身は、2014年に昭和大学江東豊洲病院でスタート。年々需要が高まり、20年から現在の場所で日本母乳バンク協会が運営している。

 バンクには、母乳がよく出る母親がドナー登録する。その際、血液検査、輸血や臓器移植などの有無、喫煙や飲酒をしていないなどのチェックが行われ、基準をクリアした人だけがドナーになれる。

 指定パックに入れられた母乳が冷凍便で届くと、処置室へ。中はクリーンルームで医薬品が製造できるレベルの清浄度が保たれている。

 まずパック表面の消毒、穴が開いていないかなどの確認作業から始まる。医療用冷蔵庫で一晩かけて解凍後、処理に入る。

新しい低温殺菌器。写真は母乳ではなく水で稼働試験をしている様子

新しい低温殺菌器。写真は母乳ではなく水で稼働試験をしている様子

 溶けた母乳を低温殺菌器専用ボトルに移す工程は、より洗浄度が高いクリーンベンチ内で一つ一つ手作業で行われる。殺菌前に一度、細菌検査。細菌の種類や数によっては、この段階で中止する物もある。62.5度で30分殺菌し、もう一度、細菌検査を行い無菌であることを確認し、ドナーミルクが完成する。ベンチ内で発送用のボトルに移した物を冷凍庫で保管し、医療機関の要請に応じて発送する。

 ◇安全なドナーミルクを届けるために

 早産や極低出生体重で生まれてくる赤ちゃんは全国で年約5000人。23年度のドナーミルクを利用した新生児の人数は1000人を超え、利用病院数も右肩上がりだ。今後も需要増が見込まれる中、施設の処理能力が追い付かない可能性が高まっていた。

 今回のリニューアルで、処置室の面積が以前と比べ約2倍に。1日当たりの母乳の処理能力も、クラウドファンディングで最新の母乳低温殺菌器を1台導入し計3台となったことから、3倍ほど向上。保管のための冷凍庫も増設され、供給力の改善が期待される。

 残る課題は、運営資金と体制だという。資金は主に、病院の利用料と企業などからの寄付で賄われている。ただ、低温殺菌器は英国からの輸入品で、資材費・維持費の高騰や円安などが要因となり、常に赤字経営という状況だ。

 資金不足は雇用にも影響し、作業スタッフの増員ができず、供給停止のリスクがある。

 厚生労働省をはじめとした行政機関も、母乳バンクのサポートを検討し始めてはいる。ただ、ドナーミルクについて食品か医薬品か区分が定められておらず、実現には時間がかかるという。水野医師は「国や企業だけでなく、みんなで支える母乳バンクにしたい」と話している。(柴崎裕加)


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