「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

現代の鎖国政策、159カ国の入国を拒否
~感染拡大の欧米に再開国する不安~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第6回】

 今回の新型コロナウイルスの流行では水際対策に大きな負担が掛かりました。インフルエンザのように発病後に他人に感染させる病気であれば、空港などの検疫で発熱者や有症者をスクリーニングする方法でウイルスの侵入を防ぐことができます。しかし、新型コロナの感染者は症状が出る前から感染を拡大させるため、従来の検疫によるスクリーニングでは効果がなかったのです。そこで、多くの国が流行国からの渡航者の入国を拒否するという強硬措置に出ます。これは日本も同様でした。その後、流行が世界中に拡大していくと、この対応は江戸時代の鎖国政策にも似た様相を呈してきます。今回は、日本政府の取った水際対策に焦点を当ててみます。

入国拒否に注意を呼び掛けるポスター=千葉・成田空港検疫所(2020年03月07日)

 ◇入国拒否という超法規的措置

 中国では2020年1月23日に武漢封鎖が行われましたが、その後も中国国内では流行が拡大し、日本でも武漢から入国した渡航者の感染例が続発します。この事態を受け、日本政府は武漢のある中国・湖北省からの渡航者の入国を2月1日から拒否します。

 日本は今までもテロリストなど特定な人物の入国を拒否する対応を取ってきました。これは出入国管理法第5条に基づくもので、「政府は日本の治安や公衆衛生を害する恐れのある外国人の入国を拒否することができる」と記載されています。しかし、今回のように、一定地域からの全ての外国人の入国を拒否するという措置は初めてのことでした。この法律の発動に当たっては首相官邸が主導したと言われており、超法規的な措置だったようです。それだけ事態は切迫していました。

 2月は中国国内での流行がさらに拡大します。このため、入国拒否地域は浙江省に拡大されるとともに、韓国の大邱で大規模クラスターが発生したことにより、この地域も入国拒否の対象に加えられました。

習近平中国国家主席=中国・北京【AFP時事】

 ◇外交が感染対策に及ぼした影響

 入国拒否の効果はある程度見られ、日本国内での感染者数は2月になると少なくなっていきます。その一方で、中国では流行が湖北省以外にも広がっており、入国拒否の対象を中国全土に拡大すべきだとの声が聞かれ始めました。そんな中、3月5日に中国の習近平国家主席の訪日が中止されます。そして3月9日、日本政府は中国全土からの入国を拒否することを決定したのです。さすがに国賓の訪日計画がある中で、その国を入国拒否対象にはできなかったのでしょう。

 3月に入ると世界的な流行状況にも大きな変化が見られます。イタリアに飛び火した流行がヨーロッパや北米にまで拡大し、感染爆発を起こしたのです。3月11日にWHOは新型コロナの流行がパンデミック(世界的流行)の状態にあることを宣言します。そして、この時期以降、ヨーロッパからの入国者が日本国内で発症するケースが増えてきました。

 こうした事態を受けて、3月17日に開催された政府の第7回専門家会議では、「入国拒否の対象をヨーロッパに拡大するように」との要望が出されました。しかし、政府はすぐに動きませんでした。なぜなら、日本は夏の東京五輪・パラリンピック開催という大きな課題を抱えていたのです。開催国が国際オリンピック委員会(IOC)委員のたくさんいるヨーロッパを入国拒否対象地域にすることには、事前の調整が必要だったのでしょう。

 そして3月24日に五輪とパラリンピックの1年延期が決定され、それを待っていたかのように3月27日にヨーロッパのほとんどの国が入国拒否地域に指定されます。この時点で日本の第1波の流行は既に始まっていました。

お台場に再設置された五輪マーク(2020年12月01日)【EPA時事】

 ◇入国制限までに要した時間は適切だったか?

 4月以降も日本が入国を拒否する国は拡大を続け、8月下旬の段階で159カ国に上りました。これらの国々は外務省の発する感染症危険情報のレベル3(渡航禁止勧告)に該当するため、日本からの渡航も、強制的ではないにしろ止められています。つまり、日本は世界159カ国との間で人的交流が止められたわけで、これは江戸時代の鎖国政策にも匹敵する程の世紀の感染症対策になりました。

 この対策の実施に当たり、3月27日に発令されたヨーロッパの指定を1週間早く行っていれば、日本での第1波は軽く済んだという意見もあります。しかし、今回の新型コロナの流行がこれほど急速に拡大するとは、当初予想できなかったのです。

 過去の感染症の世界的流行を見ても、ここまで早い流行拡大は経験していませんでした。たとえば、1918年のスペインインフルエンザは、米国で流行が起きてからヨーロッパに到達するまで半年近くを要しています。2009年の新型インフルエンザ(H1N1型)もメキシコで4月に流行が起きてから、世界的な大流行になるまでには半年かかっています。

 今回の流行拡大のスピードアップの要因には交通機関の発達もありますが、新型コロナウイルスの感染力によるところも大きいのです。

 ◇鎖国政策の感染症流行への影響

 では、海外との人的交流を止めることが感染症の流行にどれだけ効果があるのでしょうか。鎖国下だった江戸時代の感染症の流行を見ると、それが分かります。

 江戸時代に鎖国が完全に行われるようになったのは1639年でした。それから1700年ごろまでは国内で大きな感染症の流行はほとんど記録されていません。しかし、1700年代から江戸末期までインフルエンザの流行が20回ほど繰り返されました。いずれも長崎や琉球など、海外との交流のあった場所で発生し、全国に拡大していきました。

 19世紀初頭になり、コレラがインドから世界に流行した時は、1822年に長崎に上陸して西日本で数十万人の死亡者が発生しました。1853年に開国してからは、1858年に安政のコレラ大流行が起こり、江戸だけで10万人が死亡しました。これ以降もコレラの流行は19世紀後半まで続いています。

 こうして江戸時代の感染症流行を見ると、鎖国政策で完全に流行を抑えることはできなかったものの、流行を軽減させる効果はあったようです。今回の新型コロナ流行に当たっても、第2波以降は国内の流行株が原因とされており、現代の鎖国政策が流行拡大防止に効果を発揮したことは明らかなようです。

ジョンソン英首相は緊急記者会で、新たに見つかった新型コロナウイルスの変異種が従来種に比べて強い感染力を持っているとの分析結果を発表=イギリス・ロンドン(2020年12月19日)【AFP時事】

 ◇鎖国政策緩和への不安

 2020年6月、東アジアや東南アジアでは新型コロナの流行が収束してきていることから、日本政府は2国間協定によるビジネス交流の再開を開始しました。この交流再開に当たっては、流行が落ち着いている国を対象としており、新型コロナの検査を出入国時に行うなど、国内にウイルスが再流入するリスクを減らす方法が取られています。

 また、2020年10月末に政府は水際対策を大きく変更し、入国禁止の対象国を約140カ国に減らしました。さらに、滞在期間が1週間以内の短期出張者については、入国時の検査が陰性ならば、どの国からでも入国を許可し、健康監視を自己管理に任せるという対応を取ることになりました。私はこの出張者の対応に危うさを感じています。「どの国からでも」ということは、現在、流行が拡大している欧米諸国も含まれますが、入国時の検査が陰性でも、その後、陽性になるケースが時にはあるはずです。対象国を限定するなど、きめ細かい対応が必要ではないかと思います。

 現代の鎖国政策は新型コロナの流行阻止に一定の効果を挙げてきました。それが経済に及ぼすマイナスの影響は大きいと思いますが、緩和に当たっては慎重を期さなければなりません。

 なお、2020年12月にイギリスで感染力の強い変異型ウイルスの流行が発生し、近隣のヨーロッパ諸国やオーストラリアなどでも、この変異型が検出されています。こうした状況の変化に対処するため、 日本政府は12月末から世界各国からの入国制限を再び強化しました。(了)


濱田 篤郎 教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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