「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

医療崩壊がもたらす悲劇
~欧州、米国で高い致死率~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第5回】

 2020年2月末に中国CDC(疾病予防管理センター)は、国内で発生した新型コロナ患者の致死率が約2%と発表します。この値は02年~03年に中国を中心に流行した重症呼吸器症候群(SARS)の致死率の約10%に比べ、低いものでした。しかし、その後のヨーロッパでの流行では、SARSに匹敵するほどの致死率が確認されます。その大きな原因が医療崩壊という事態でした。今回の連載では新型コロナウイルスの病原性を示す致死率について解説します。

イタリアの教会内に安置された新型コロナウイルスで亡くなった人々のひつぎ【EPA時事】

 ◇中世ペストの致死率は50%以上

 病原性とは、感染症を起こす病原体が人の健康にどれだけの影響を及ぼすかを意味します。この病原性を知る指標の一つに致死率があります。発病者のうち死亡者の占める割合で、たとえば狂犬病ウイルスの致死率は100%になり、地球上で最強の病原体と言えるでしょう。

 過去に大流行した感染症の中にも致死率が高いものが見られます。14世紀のペストの致死率は50%以上で、肺炎を起こす肺ペストになると100%近くあったようです。治療薬が開発された現代社会でも、肺ペストの致死率は40%以上とされています。19世紀に世界流行したアジア型コレラも致死率は50%近くあり、1832年にパリで流行した際には毎日1万人以上の死亡者が出ました。

 ◇インフルエンザの40倍以上の致死率

 現代社会でも、2013年から西アフリカで流行したエボラ出血熱の致死率は約40%と高く、先に紹介したSARSも約10%の致死率でした。20世紀には抗菌薬やワクチンで感染症の治療や予防が可能になり、多くの人が「感染症」という病気全体を克服したと信じていました。しかし、21世紀に出現した新しいウイルス感染症は、かなり高い致死率だったのです。

 その一方で、中国CDCが2月末に報告した新型コロナウイルスの「致死率約2%」という数字には、予想より低いと考えた人が多かったことでしょう。しかし、季節性インフルエンザの致死率が0.05%以下であるのに比較すると約40倍になるわけで、新型コロナのそれは決して低いとは言えません。

 ◇高齢者などハイリスク者ではさらに高い致死率

 高齢者や慢性疾患を持つ人が感染すると致死率はさらに高くなります。10月下旬に日本の厚生労働省が発表したデータでは、50歳代以下の致死率が0.1%なのに比べ、60歳代以上では5.7%でした。また、呼吸器疾患や腎障害、糖尿病、高血圧などの慢性疾患がある人も、同様に重症化しやすくなります。

 なぜ、高齢者や慢性疾患のある人が重症化しやすいのでしょうか。新型コロナウイルスに感染すると、ヒトの体内では、それを排除しようと免疫反応が稼働します。この免疫反応が過剰になることを「サイトカインストーム」と呼びますが、若い人であれば、それに耐え得るだけの体力があります。しかし、高齢者は過剰な免疫反応により全身の臓器が障害され、重症化しやすいと考えられています。また、新型コロナの感染では血液中に血の塊(血栓)ができやすくなりますが、高齢者やハイリスクの人はこの血栓が肺や腎臓に詰まって、重症化するという説もあります。

 このように、新型コロナ感染による病態が少しずつ明らかになることで、最近では早めに重症化因子をたたく治療が行われています。その効果もあり、日本で20年8月に起きた第2波流行の致死率が、第1波に比べてかなり低くなりました。

首都ワシントン近郊の軍医療センターを退院し、親指を立てるトランプ米大統領(2020年10月05日)【AFP時事】

 ◇医療崩壊という想定外の事態

 20年2月に中国で流行が拡大していたころ、武漢の所在する湖北省と中国のそれ以外の地域では致死率に大きな違いがありました。先に紹介したように中国全体では約2%だったのですが、湖北省では20%近くになった時期もあったのです。この時に中国政府は湖北省全体の封鎖をしており、医療提供が限られる中で、感染者数が急増した結果、医療崩壊を起こしてしまったのです。こうした事態は、医療体制が脆弱(ぜいじゃく)な中国だから起きたのだろうと考えられていましたが、それは大きな間違いでした。

 3月に流行がヨーロッパに波及し、イタリア、フランス、イギリスなどで感染爆発が起きると、西ヨーロッパの国々でも感染者数が急増し、医療の提供が間に合わない事態になってしまったのです。この結果、重症者が医療施設で治療を受けられないことも頻繁に起こりました。人工呼吸器が一つしかない病院に、その治療を必要とする患者が3人いたら、年齢の若い患者から使用していくという究極の選択も行われました。

 このように、医療体制が万全と考えられていた西ヨーロッパ諸国でも、感染者の急増により医療崩壊が起きることが実証されました。このために、感染爆発後のイタリアやフランスの致死率は20%近くまで増加したのです。

 ◇医療保険体制による崩壊の有無

 ドイツでは感染者が20年3月に急増したにもかかわらず、医療崩壊が起こりませんでした。その結果、致死率の増加も見られていません。ドイツが医療崩壊を回避した理由として、検査体制が早期に整備されたためという説もありますが、私は医療保険制度の違いではないかと考えます。ドイツには日本と同じような社会保険制度があり、医療費はそこから支払われています。

 一方、イタリアやイギリスでは国営の医療保険制度があり、医療費は原則的に無料です。この方が手厚い医療を受けられるように見えますが、税金が財源のため、日ごろから医療は余裕のないギリギリの状態で運営されています。こうした国で感染症の大流行により患者数が急増すると、医療崩壊は容易に起こってしまうのです。しかし、社会保険制度が導入されているドイツでは、医療が日ごろから余裕をもって運営されていました。そこで患者数が急増しても、医療崩壊は起きにくかったというわけです。

 日本もドイツと同様の社会保険制度を採用しており、新型コロナの感染爆発で患者数が急増しても、容易に医療崩壊は起きないように思います。新型コロナの流行が過ぎ去った後、各国は将来の感染症流行に備え、医療保険制度の見直しも進めていくことでしょう。

 ◇米国でのもう一つの医療崩壊

 米国でも3月から起きた感染者数急増で死亡者数が増加しましたが、西ヨーロッパで見られたような医療崩壊はあまり顕著に見られませんでした。このように医療崩壊せずに死亡者数が増加した原因も、私は米国の医療保険制度に由来するものと考えています。

 現在の米国の医療保険は民間が主流で、公的な医療保険は生活保護的な保険に限られます。このため、国民の半数近くが無保険の状態になっています。オバマ前大統領が14年から新しい公的医療保険制度をスタートしましたが、トランプ政権の誕生でその動きは止まってしまいました。こうした状況下、新型コロナの流行が拡大したため、感染者の中には保険が無いので受診できないという人が数多くいたのです。米国での死亡者の特徴を見ると、ヒスパニックやアフリカ系などの貧困層が多いことからも、その状況が理解できます。これもヨーロッパとは別の意味での医療崩壊なのでしょう。

 現代の感染症の致死率は、原因となる病原体の強さだけによるのではなく、流行する国の医療保険制度にも左右されるのです。(了)

濱田 篤郎 教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。



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