医学トップの視座

感染症学においてトップレベルの研究実績
6年間通して行う英語による授業―大分大学医学部

 大分駅から車で30分ほどの由布市に位置する大分大学医学部は、前身の大分医科大学の設立から2021年で45周年を迎える。

 大分県は、1557年にポルトガルの宣教師であり、医師でもあったルイス・デ・アルメイダによって日本初の西洋式病院が建てられ、また西洋式外科手術が行われた地でもある。

 大分大学医学部は、医学とゆかりのある地において「患者本位の医療」を基本理念に、地域に根ざした医療に取り組み、特に感染症研究においてはトップレベルを誇る。国際共同研究も盛んだ。ブータンでの胃がん撲滅運動やインドネシアの大学との複数学位制度導入など国際色豊かな教育体制を整え、英語教育に力を入れている。

大分大学医学部正門

 ◇ピロリ菌研究における古い歴史

 大分大学医学部はヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)の研究において長い歴史がある。山岡吉生医学部長が率いる研究室(環境・予防医学講座)では、これまでにピロリ菌の三つの病原因子を発見するなど実績を重ねてきた。主要テーマは、ピロリ菌の病原因子の探求とピロリ菌をマーカーにした人類移動史の研究だ。

 山岡医学部長は「同じ感染症学では長崎大学熱帯医学研究所におけるマラリアやエボラ出血熱などが知られていますが、大分大学医学部はピロリ菌や狂犬病に注力して長崎大と、すみ分けを図っており、お互いに異なる領域で連携をしていこうという話も出ています」と語る。

 内視鏡医でもある山岡医学部長は、アジアをはじめ、ケニア、ドミニカ共和国、コンゴ民主共和国など世界17カ国で胃カメラによる内視鏡検査を行っている。

 「世界中で内視鏡を教えようということで“アジア内視鏡人材育成支援大学コンソーシアム”を通して国際支援にも取り組んでいます」

 内視鏡に関しては、AI(人工知能)を取り入れた診断や治療の技術開発を進めている。AIが血管の走行をシミュレーションで示してくれるというもので、実用化に近づいている。

山岡吉生医学部長

 ◇工学部から医学部への転身

 2019年10月に医学部長に就任した山岡氏は、京都大学工学部を卒業後に京都府立医科大学に入学した経歴の持ち主。岩石に興味があり資源工学に進んだものの、子どもの頃から抱いていた消化器医への憧れを実現するため再度、医学部に入学した。

 専門は、消化器内科。1997年に大学院を修了すると、胃がんやピロリ菌で世界的にも有名な米国ヒューストンのベイラー医科大学に留学した。当初2年間の予定だったが、ピロリ菌の病原因子を発見するなど研究が軌道に乗ったため、留学を延長することになった。

 2000年に発見したピロリ菌の病原因子はOipAと命名して、04年には准教授となり、独立した研究室を持つまでになった。一度は日本に帰りたいと思っていたところ、大分大学医学部から誘いを受けた。09年に大分大学医学部 環境・予防医学講座教授に就任した後も、米国での教授職は継続している(11年から教授職)。

 「学生には一度は海外に行くようにと話しています。私の場合は、ちょっとのつもりが10年以上になってしまいましたが、若い頃に海外に出ることは貴重な経験になります。アメリカの研究室は15年までNIHの研究費を受けていたので学生を日本から留学させていました」

 山岡医学部長は今も年に15~20回ほど、海外で胃カメラによる内視鏡検査を行っている。20年は新型コロナウイルスの影響で2月のケニアを最後に渡航できずにいるが、英語教育にこだわるのは自身のグローバルな経験が背景にある。

 ピロリ菌に関しては、まだ解明されていないこともあり、新規病原因子の発見や機能解明など今後もさらなる研究を進めていく。

 ◇グローバルな環境で英語教育に力を入れる

 グローバル化が進む中、医学部では6年間を通して医学英語の授業が行われているが、こうした取り組みは全国的にも珍しいという。

 また、大学院においても山岡医学部長の教室では院生30人のうち10人近くがアフリカをはじめモンゴルやインドネシア、ネパールやベトナムなどからの留学生が在籍するなど、国際色豊かなことも英語にこだわる要因の一つであるとのことだ。

 「19年に私が学部長になってから、大学院では、英語による授業のみで卒業に必要な単位を取れるようにしました。将来、医師になったときに英語の重要性に気付くことがあると思います。学生には日頃から英語の大切さを伝えています」

 ◇ブータン共和国における胃がん撲滅運動

 幸せの国、ブータン共和国は大分大学医学部と深いつながりがある。首相であり現役の医師でもあるロテ・ツェリン氏は、山岡医学部長の教え子の一人。ブータンで初めて内視鏡が取り入れられたのは10年ほど前で、日本に内視鏡を学びに来ていたのがロテ・ツェリン氏だった。

 「ブータンは世界で2番目に胃がんが多い国で、2年前に彼が首相になってから共同で胃がん撲滅運動をすることになりました。つまりピロリ菌の除菌と内視鏡による早期胃がんの発見です。19年12月にはブータン唯一の医科大学であるブータン医科大学と大学間協定を結びました」

大分大学医学部の講義・実習棟

 ◇研究ができる環境づくりを

 医学部長が何より重きを置いているのが研究だ。

 「医師が研究をしなくなった背景には新専門医制度の影響があると思います。私たちの時代には入局後、すぐに大学院に行っていましたが、今はそれより専門医資格を取得することが優先されます」

 そこで、20年から導入されたのが「大分大学大学院医学系研究科 研修医・博士過程コース」(ORPhDプログラム)である。これは、初期研修医の1年目から大学院博士過程に進学できるもので、最短で4年、最長でも8年で学位取得が可能となる。医学部在籍中に大学院の単位を取得する「preORPhD」プログラムを受けることも可能で、臨床と共に研究を行う学生を育成するのが狙いである。

山岡医学部長

 ◇コロナで発想の転換

 新型コロナウイルス感染症が拡大する中において、大分大学医学部では学生の臨床実習を継続した。

 「学生からは継続に批判もありましたが、Student Doctorは医師と見なされます。その当時、イタリアや米国では学生さんが最前線で働いていましたから、逆に100年に1度と言われる感染症で何もしないよりも、現場を見られるチャンスです」

 また、コロナをきっかけに変化したのが授業の在り方だ。大分大学は海外留学生の受け入れを推進するため、インドネシアの国立大学「アイルランガ大学」と複数学位制度を締結し、近く導入する予定となっている。

 「当初、授業は日本でと考えていましたが、コロナで発想の転換ができ、WEB会議ツールの「Zoom」を活用した授業を取り入れることを検討しています」

 来年度からの入試は、地域枠と地元出身者枠、そして一般枠という3本立てにするほか、3~4年後をめどに、検査技師や医療経営的な分野を専門とする新しい学科の創設も検討している。
(ジャーナリスト・美奈川由紀)

【大分大学医学部 沿革】
1974年 大分大学に国立医学教育機関創設準備室を設置
    76年 大分医科大学開学
    81年 医学部付属病院開院
    84年 大学院医学研究科(博士課程)設置
    94年 医学部看護学科設置
2003年 大分大学と大分医科大学の統合により大分大学医学部となる
    05年 医学部付属医学教育センター、先端医工学研究センター設置
    12年 医学部付属病院救命救急センター棟稼働開始(大分県ドクターヘリ基地病院)
    13年 医学部付属病院新病棟稼働開始
    15年 医学部付属臨床医工学センター設置
    19年 医学部付属病院看護職キャリア開発支援センター設置

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