「医」の最前線 新専門医制度について考える
急増する高齢者の骨折をどう防ぐ?
~整形外科医に賢くかかる~ 第10回
平均寿命世界一、超高齢社会の日本が活力を維持していくためには、高齢者の運動機能の低下を防ぎ、健康で自立した生活をいかに維持するかがカギとなる。骨粗しょう症治療、人工関節、再生医療など、昨今の医療技術の向上とともに整形外科専門医のテリトリーは広がり、社会的ニーズはますます高まっている。整形外科領域の現状を踏まえ、賢い整形外科のかかり方について、日本専門医機構理事を務める大川淳医師(東京医科歯科大学 整形外科教授・理事)に聞いた。
図1
◇高齢者の骨折をどう減らしていくか
大川淳医師:歩行能力の低下は命に大きく関わると言われ、医療技術で長生きはできても、健康な体を維持するためには手足がちゃんと動き、歩けることが極めて重要です。医療技術の進歩で日本の平均寿命は過去最高を更新していますが、加齢に伴う高齢者の骨折も増え続けています。加齢により骨を新たにつくり出す能力が衰えると骨粗しょう症になります。骨粗しょう症患者の大腿(だいたい)骨骨折の頻度を示したグラフ(図1)では母集団である高齢者の増加に伴い、これから先もどんどん増え続けると予測されています。高齢者の歩行障害につながる骨折を防ぐために、増え続ける骨粗しょう症をどう減らしていくかが、整形外科領域における最大の課題です。
◇骨粗しょう症治療が十分に行われてこなかった事情
骨粗しょう症の治療はひと昔前まで、ビタミンDを処方するぐらいでした。ここ10年で新しい薬が次々と開発され、現在は骨を増やす注射も登場し、効果は飛躍的に向上しています。このように骨粗しょう症の治療技術が上がっているにもかかわらず、制度上、骨粗しょう症で骨折しても二次予防において診療報酬が加算されないため、多くの病院では骨粗しょう症を予防する継続的な治療が十分に行われていませんでした。2021年、これがようやく認められ、22年4月の診療報酬改正より評価されることになりました。これは高齢者医療の中でも非常に画期的な改革で、今後、各医療機関が骨粗しょう症治療を積極的に行うようになれば、高齢者の骨折が大幅に減少することが期待されます。
◇80歳を過ぎても手術を受けて歩けるようになる!
70歳を超えるとリスクが高いと言われていた人工関節や背骨の手術も、ここ10年、医療技術が目覚ましく進歩し、80歳を超えても低侵襲で安全な手術を行うことが可能になりました。人工関節というのは軟骨と骨の一部を削って人工の関節に入れ替える手術なのですが、人工関節を確実に機能させるためには骨を適切な位置で切らないといけません。従来の手術では医師がレントゲン写真を見ながら当たりを付けていましたが、3次元コンピューター断層撮影(CT)画像をベースに手術支援ロボットが制御することで、より正確に手術が行えるようになりました。整形外科領域のロボット支援手術は19年に保険適用の対象となり、国内各地の医療機関で導入が進んでいます。高価な機械のため医療機関は限られますが、人工関節を専門とする病院を中心に全国に広がっています。
◇軟骨の再生医療も始まっている
整形外科分野でも再生医療が少しずつ受けられるようになりました。軟骨が欠損し膝の痛みを抱えている、内服薬や保存療法では効果が望めない、けれど手術は避けたいという患者さんには選択肢が広がりました。ただ、再生医療は専門性が高く、効果にばらつきがあります。全ての治療が保険適用の対象ではないため、現時点では誰でも気軽に受けられるわけではありませんが、注射1本で行える再生医療に期待が高まっています。
◇整形外科と他の診療科との違い
ひと昔前はケガをすれば外科に行ったのですが、現在では外科医は内臓に特化し、がんの患者さんの処置が圧倒的に多くなっています。そのような中、整形外科医は外傷の処置には慣れていますので、体表面のケガに関しては、まずは整形外科に行くのが良いと思います。最近は形成外科も増えてきましたので、傷痕が残った、ケロイドになったという段階で形成外科を受診するのが良いでしょう。
整形外科は首から下の四肢の痛みの専門家です。神経内科は神経そのものによる「しびれ」や「頭痛」を専門としており、頭の中に脳腫瘍のような病変の出現や出血、また打撲の後に頭痛や吐き気の症状が見られる場合は脳神経外科で検査を受けます。痛みを取る注射治療はペインクリニックを紹介します。リハビリテーション科は整形外科とは非常に親和性が高く、二つの専門医資格を持っている医師もたくさんいます。新専門医制度では領域としては別ですが、重複する課程が免除され、取得しやすくなりましたので二つの専門医資格を有する医師が増えるのではないでしょうか。
◇整形外科と整骨院、鍼灸院との使い分け
整骨院との違いは分かりづらいのですが、柔道整復師が扱うのは骨折した骨を元の位置に治す整復や捻挫のテーピングのように急性期の外傷の対症療法です。慢性期の痛みに関しては本来扱えないことになっていて、薬の処方やレントゲン撮影ができないという点で診断・治療手段が大きく違います。痛みの原因が骨折なのか、筋が切れているのか、手術が必要なのかというのは、やはり整形外科でレントゲンやCT、MRI(磁気共鳴画像装置)を使って検査をしないと正確には判断できません。整骨院や鍼灸(しんきゅう)院、カイロプラクティックは痛みの緩和が目的で根本的な治療ではないため、症状が長引く場合は整形外科での検査をお勧めします。
◇専門分化した整形外科医をどう選ぶ?
医療が進歩してくると、どうしても専門分化して医師の専門性が高くなります。整形外科専門医であれば、基本的な診断能力は4年間の専門研修でトレーニングされており、その後の知識も更新されていきます。先進的な医療を提供するには、その領域だけをトレーニングすることが求められるからです。典型的なのが大学病院です。大学病院には脊椎、膝、股関節など、一つのパーツだけを診て手術を行う医師が集まっています。一方、一般病院では、関節全般あるいは脊椎と神経を診るというようにテリトリーが広がります。その道を通って経験を積んだクリニックの医師が、全般的な症状を診るというように役割が変わっていきます。
最初に相談する入り口は、地域の整形外科クリニックで内服薬や保存治療を受け、なかなか治らない、あるいは手術や専門的な治療が必要だと判断した段階で、その分野の専門医を紹介してもらえば良いと思います。
大川淳医師
◇科学的根拠に乏しいサプリメントに注意
痛みを抱えている患者さんでサプリメントを飲んでいる人が非常にたくさんいらっしゃいます。ただ、グルコサミンやコンドロイチンで膝の痛みが緩和されるという有効性は科学的に証明されておらず、痛みの原因である軟骨の破損は飲み薬で治るとは考えにくい状況です。したがって、使用する際には注意が必要です。今は鎮痛剤の種類も増え、体に合った処方ができますので痛みを抑えるのであれば鎮痛剤が効果的です。
◇女性医師が活躍できるフィールドに期待
整形外科医は昔から大工さんの力仕事のようなイメージが強いのか、女性の割合が約6%と全ての診療科の中でずっと最下位です。もちろん手技を習得するために、しっかり働かなければいけないというハードな面はあります。ロボット手術やAI(人工知能)のような最先端のデジタル技術のニーズや骨粗しょう症の治療、リハビリ、スポーツドクターのように手術以外の新しい分野のニーズも高まっています。専門医資格の更新時に手術件数が求められないこともあり、新たな視点で参画できる、自分のペースで専門医として長く働けるという意味でも、これからは整形外科分野の女性医師が増えていくのではないでしょうか。
◇患者さんと人間同士の関係を築く
整形外科は手技を磨くのに時間はかかりますが、さまざまなジャンルの中から自分の興味や年齢に合わせて専門を選ぶことができるのが大きな魅力の一つです。また、対象の患者さんの年齢が赤ちゃんからお年寄りまでと幅広く、私の場合も1人の患者さんの診療を10年、人によっては20年、研修医の時に受け持った患者さんを教授になって30年ぶりに拝見することもありました。整形外科には、患者さんに生涯にわたって寄り添い、医師としてだけでなく、人間同士の関係も築ける面白さがあります。人間好きで明るい性格の医師が多いのも特徴です。(了)
(2022/04/13 05:00)
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