「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

未知の病原体、世界流行の震源地はどこか
特殊な町 中国・武漢 海鮮市場とウイルス研究所 (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第1回】

新型肺炎の患者が多く報告された中国・武漢市の海鮮市場【AFP時事】

 2019年12月に中国で発生した新型コロナウイルスの流行は、瞬く間に世界中に拡大しました。約1年の間に感染者数6000万人、死亡者数140万人という大きな被害をもたらしています(2020年12月1日)。このように世界的な流行を起こした感染症の本質を理解するには、通常の医学的な知識だけでなく、歴史や地理など人文科学を含めた俯瞰(ふかん)的視点での検討が必要になります。今回の連載では、こうした視点から新型コロナの流行を解説していきます。

 ◇2000年に1度の大流行

 人類は今までの歴史の中で、ペストやコレラなど数多くの感染症の大流行を経験してきました。今回の新型コロナウイルスの流行も歴史に刻まれるほどの大流行になると考えます。しかし、その発生のメカニズムは今までの感染症の流行と大きく異なります。

 ペストやコレラは、古くから一定の地域での風土病として流行していた感染症で、さまざまな原因により世界的な拡大をしました。一方、新型コロナウイルスは、未知の病原体が動物からヒトに感染し、急速に世界流行を起こしたのです。こうした未知の病原体の大流行は、人類の歴史の中で、少なくとも2000年近くは起きていませんでした。

 20世紀初頭に大流行した「スペインインフルエンザ」も、鳥由来のウイルスがヒトに感染したものです。しかし、人類はインフルエンザという感染症を毎冬経験しているため、今回のように新たな感染症の流行と言うわけではありませんでした。このように、新型コロナの流行は人類の歴史の中でも、2000年に1度の出来事と言ってもいいのです。

 では、こうした歴史的にも、まれな感染症の流行がどのように発生したのか。今回はこの点を紹介します。

 ◇中国・武漢での異変

 2019年12月31日、中国の保健当局が世界保健機関(WHO)に、武漢で原因不明の肺炎患者が発生していることを報告します。12月初旬から、この町の華南海鮮卸売市場を訪れた人や従業員に肺炎患者が多発しているというのです。この市場は華中でも最大規模の市場で、揚子江でとれた魚介類とともに、食用の小型動物を販売していることで有名でした。

 この市場の関係者に肺炎患者が多発しているという情報を聞いて、私は重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行が頭に浮かびました。SARSはコロナウイルスにより肺炎を起こす病気で、02年に中国南部の広東省で発生しました。翌03年までに中国だけでなく、全世界で8000人以上の肺炎患者が発生し、このうち約700人が死亡する事態になったのです。

 この感染症の原因であるSARSコロナウイルスは、もともとコウモリが保有している病原体で、それが食用のハクビシンなどの小型動物に感染し、その動物に接した人に最初の感染が起きたと考えられています。

 ◇「野味」という食文化

 中国では古くから特別な動物を食べる「野味」という食文化があります。日本で言えば「いかもの食い」に相当するもので、イヌやネコだけでなく、タヌキ、ネズミ、ハクビシン、ヘビなど数多くの動物が食材になります。この野味の本場が中国の広東省で、そこで食材として売られている動物からSARSウイルスが人に感染したとされています。

 「野味」は中国の長い歴史の中で行われてきた食文化であり、その習慣が悪いわけではないのですが、食材が未知の病原体に感染していれば、新たな感染症が流行する契機になります。

 今回の新型コロナウイルスがヒトに感染した発端も、華南海鮮卸売市場で販売していた小動物が、このウイルスに感染していたためと見られています。現地では、これらの動物が生きたまま市場で販売されることが多く、食べる直前に店や家庭で「処理」されています。市場はもちろん、買って帰ってからも、その動物の飛沫(ひまつ)や排せつ物などからウイルスが人に感染しても不思議ではありません。

 では、何千年も続く食文化が、なぜ今になってこのような問題を起こしたのでしょうか。私は動物の入手先ではないかと考えています。昔は動物を街の周辺などで捕獲していましたが、最近の中国は経済発展の影響で奥地まで開発が進んでおり、今まで人が立ち入らなかった山奥などの場所で動物を捕獲することが多くなりました。こうした奥地の動物が未知の病原体を持っていたのではないでしょうか。この点は後の連載で詳しく説明します。

 このように、武漢の市場で動物から人に感染した新型コロナウイルスは、その後、人から人に飛沫感染などで拡大していきました。

武漢ウイルス研究所のP4研究所【AFP時事】

 ◇武漢という町の特殊性

 19年12月末の時点で海鮮市場での肺炎患者は40人ほどとされていました。そして、翌20年1月7日に中国保健当局は、原因となる病原体がSARSウイルスとは異なるコロナウイルスであると発表します。さらに1月12日にはウイルスの全遺伝子配列が明らかになります。この結果、今回のコロナウイルスはSARSウイルスによく似ていることが分かり、WHOはこのウイルスをSARSコロナウイルス2(略してSARS CoV―2)と命名しました。なお、本連載ではウイルス名を、読者の皆さんにもなじみのある「新型コロナウイルス」と記載します。

 このウイルス発見の一報に、世界中の感染症関係者は衝撃を受けました。03年のSARS流行のような事態が再び繰り返されるのではないか、と恐れたのです。しかし、現実はもっと悲惨で、それをはるかに越える規模の世界的な流行に発展しています。

 中国がこれほど早期に原因のウイルスを発見し、その遺伝子配列を明らかにしたことにも驚きの声があがりました。中国は、事前に新型コロナウイルスの存在を知っていたのではないか。そんな声も世界各地で聞かれました。

 こうしたウイルス早期発見の裏には、武漢という町の特殊性があります。武漢は中国中央部に位置し、揚子江と漢江の合流地点にあるため、交通の要衝として古くから栄えてきました。近年は健康産業に力を入れており、19年4月に中国政府は武漢市健康産業発展計画を発表しています。

 この都市には1956年に開設された武漢ウイルス研究所があり、2015年には、この研究所に中国で最初のバイオセーフティーレベル4の研究室が開設されました。この施設では、エボラ熱ウイルスなど危険な病原体の研究も、安全に行うことができます。この研究室が新型コロナウイルスの発見に関与したかは不明ですが、こうした武漢という町の特殊性がウイルスの早期発見につながったようです。

 ◇研究所からウイルスが流出したといううわさも

 武漢ウイルス研究所については、もう一つ悪いうわさがあります。この研究所から新型コロナウイルスが研究中に流出し、それが武漢市内に拡大したというものです。19年12月に発症した肺炎患者の中には、華南海鮮卸売市場に出入りしていなかった者も多く、市場以外での感染も考えられました。

 さらには、17年2月に科学雑誌のNatureに、この研究所の紹介記事が掲載されており、今後SARSウイルスの研究が行われる予定であると述べられています。こうした背景から、米国などは、この武漢ウイルス研究所で研究中の新型コロナウイルスが流出したのではないかとの疑念を示しています。この件についてWHOは、20年4月にその可能性が低いとのコメントを発表しています。

 研究所から流出した病原体が流行の原因になるという話は、SF小説などによく出てきます。小松左京原作の「復活の日」でも、研究所から流出したウイルスが世界を滅亡に導くというストーリーでした。武漢ウイルス研究所が新型コロナウイルスの流行に関与しているかについては、WHOが引き続き調査をするとしています。

 このように、華南海鮮卸売市場での発生以外にも、新型コロナウイルス流行の原因には諸説ありますが、その震源地が中国の武漢であることには間違いないようです。20年1月7日に中国保健当局がウイルス発見を報告した時点で、中国で最も大きな休みである春節が半月後に迫り、故郷や海外で過ごす人たちの動きが、震源地の武漢で始まっていました。この移動者の中には多くの感染者も混じっていたはずです。(了)

濱田 篤郎 教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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