「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

追加接種、なぜ遅れた?
~感染者急増に影響~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第37回】

 2022年2月に入り、新型コロナウイルスの第6波は今までにない大流行になっています。これにはオミクロン株の感染力の強さとともに、ワクチンの追加接種が大幅に遅れていることが影響しています。ワクチンの2回接種だけでは、オミクロン株に対して感染予防効果がほとんどないのです。今回は、追加接種が遅れた原因を検証するとともに、それを促進させる必要性について解説します。

PCR検査センター前に並ぶ人たち=2022年1月19日、大阪市北区

PCR検査センター前に並ぶ人たち=2022年1月19日、大阪市北区

 ◇追加接種は21年9月に決定

 日本で新型コロナワクチンの接種が開始されたのは21年2月で、欧米諸国などに比べて約3カ月遅れていました。この遅れを取り戻すため、21年6月ごろから自治体や職域での接種が加速され、毎日100万人以上の人への接種が約3カ月間続いたのです。この短期集中型の接種により、日本の接種完了者(2回終了者)は9月末までに7割近くに達しました。この時点で、日本は世界でも有数の接種完了国になったのです。

 しかし、世界ではワクチン接種に関する次なる動きが生じていました。それがワクチンの追加接種です。ファイザー社やモデルナ社のmRNAワクチンは、2回接種後に感染や発症を予防する効果が約90%と高いのですが、時間とともに効果が減衰することが明らかになってきました。さらに、当時、世界的に流行していたデルタ株への効果も弱くなっていたため、イスラエルでは21年7月から、欧米諸国でも8月ごろから追加接種が始まったのです。

 こうした動きに日本政府も対応し、9月中旬に開催された厚生労働省・予防接種分科会で、日本でも追加接種することを決定しました。その接種時期は2回目接種から8カ月以降で、これは欧米諸国の方式に倣ったものでした。この時、日本は2回目接種が終了しかけており、実施主体となる自治体も疲労困憊(こんぱい)していました。「追加接種はまだまだ先のこと」という認識が強かったのです。

 ◇想定外のオミクロン株流行

 このように日本政府も追加接種の方針を21年9月に決定し、それに用いるワクチンとしてファイザー社製とモデルナ社製を承認しました。そして12月1日に追加接種が始まります。日本で最初に2回目接種を終了した人が3月中旬ですから、8カ月以降ということなら、この開始日は遅くはありませんでした。しかし、その直前にオミクロン株の流行という想定外の出来事が起きていたのです。

 11月にアフリカ南部から発生したオミクロン株は、感染力がそれまでのデルタ株より格段に強く、急速に全世界に拡大していきました。さらに、この変異株に対してワクチンの効果はかなり低下していたのです。英国保健当局は12月末の報告で、mRNAワクチンを2回接種していても、感染予防効果が4カ月後には20%、6カ月後には0%近くに低下しているというデータを出しています。すなわち、2回接種していても半年したら、ワクチンはほとんど効いていないということです。

 こうした状況の変化に欧米諸国は即応して、追加接種を2回目接種から約3カ月で受けられるようなシステムに変更しました。すでに追加接種が軌道に乗っていた国では、その変更による混乱も少なく、順調に接種が進んでいきました。

 ◇日本では大混乱が

 その一方、日本では12月から追加接種が開始されたばかりで、そこにオミクロン株の流行が重なったために大きな混乱が生じました。

 12月中旬、厚生労働省から追加接種の前倒しが自治体などに通知されます。それは、医療従事者や高齢者施設の入所者は「2カ月」、その他の高齢者は「1カ月」前倒しで接種しても良いというものでした。これは自治体にとって寝耳に水でした。この時点で、日本ではまだオミクロン株の本格的な流行が起きておらず、接種を早めなければならない理由がよくわかりませんでした。政府は追加接種を早める目的、すなわち「ワクチン抵抗性のオミクロン株が流行してきたため」ということを明確に発信すべきでした。

 このように国内の追加接種は、従来の8カ月間隔方式から前倒し方式への変更に即応できず、大混乱を来していったのです。その結果、2月上旬の時点で追加接種率は約3%と、先進国で最低レベルになっています。

3回目接種を受け、経過観察のため待機する医療従事者=2021年12月1日、東京都目黒区の国立病院機構東京医療センター

3回目接種を受け、経過観察のため待機する医療従事者=2021年12月1日、東京都目黒区の国立病院機構東京医療センター

 ◇副反応への不安

 日本で追加接種率が低い理由としてもう一つ考えなければならないのが、副反応への国民の不安です。今回の追加接種に用いるmRNAワクチンは、重篤な副反応としてアナフィラキシーや心筋炎などがあるものの、その頻度はまれとされています。

 しかし、接種部位の痛み、全身倦怠(けんたい)感、発熱などといった一過性の副反応が高い頻度で起こります。それを多くの国民が2回目の接種までに経験しました。そして、あの苦痛を再び味わいたくないと感じている人も多く、追加接種を妨げる要因になっています。

 3回目接種後の副反応については海外や国内からもデータが出ており、2回目までと同等か、やや低いという報告が多く見られます。特にモデルナ社製のワクチンは、接種量が2回目までの半分に減っているため、2回目よりも発生頻度が低くなっています。ただ、ファイザーでもモデルナでも、腋下や頸部(けいぶ)のリンパ節が腫れるという副反応が3回目接種で多く見られますが、これも一過性のものです。

 なお、接種部位の痛みや発熱など一過性の副反応が強い場合は、市販の鎮痛剤や解熱剤を服用して構いません。それによってワクチンの効果が低下したり、副反応が悪化したりすることはありません。

 ◇オミクロン株でも感染したら「つらい」

 オミクロン株は重症にならないという意識も、追加接種を遅らせる要因になっていると思います。しかし、感染してしまうと、高熱や咽頭痛などインフルエンザのような症状で数日は寝込んでしまう人が少なくありません。これはワクチンの副反応よりも明らかにつらい症状です。また、会社を欠勤したり、周囲の人を濃厚接触者にしてしまったり、社会への影響が生じることにもなります。さらに、高齢者やハイリスク者(慢性疾患のある人)はオミクロン株の感染でも重症化する可能性が高くなるので、こうした方々は特に追加接種を受けることをお勧めします。

 現在、自治体や職域では追加接種のための体制整備を急ピッチで進めており、それが完了したら、順次、国民の皆さんには接種を受けていただきたいと思います。

 繰り返しますが、2回目までのワクチン接種ではオミクロン株の感染は防げず、追加接種が必要です。そして、オミクロン株の流行が過ぎ去ったとしても、追加接種は新型コロナウイルスそのものの流行を終息させるために必要な対策なのです。(了)


濱田篤郎 特任教授

濱田篤郎 特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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