出沢明 医師 (でざわあきら)

出沢明PEDクリニック

東京都世田谷区玉川3-6-1 第6明友ビル2F

  • 院長

整形外科 リウマチ科 外科

専門

脊椎・脊髄外科、股関節外科、電気生理学、最小手術侵襲

出沢明

出沢明医師は脊椎内視鏡手術の第一人者。わずか6~8ミリの傷口からヘルニアの摘出を行う超低侵襲の手術=PED(経皮的椎間板ヘルニア内視鏡下摘出手術)。椎間板ヘルニアで寝返りさえ困難だった患者が術後3時間で歩行するという、この画期的な手術を手術器具メーカーと共同開発し2003年に国内で初めて導入した。また、日本の認定医制度の中では最も難関な資格の1つと言われ、全国でも100名足らずの脊椎内視鏡手術の認定医を取得し、出沢医師は国内外の患者を受け入れ、年間350例以上をこなすリーダー的存在を担っている。

診療内容

腰痛を引き起こす疾患の代表「腰椎椎間板ヘルニア」。椎間板は背骨の骨をつなぐ軟骨で、そのなかにあるゼラチン状の髄核(ずいかく)が背側に飛び出し、近くを通る神経を圧迫することで痛みやしびれを引き起こすのが椎間板ヘルニアだ。たいていの場合は「保存療法」(手術以外の治療)で日常生活に戻れるし、時間が経てば自然に治癒する。かなり大きめのヘルニアでも3ヶ月から6ヶ月で体内に吸収されてしまうからだ。
「手術に至るほど重篤な患者さんは、ふつうの病院では100人中1人ぐらいでしょうね。私のところは、ほかの病院で手術することになった方が、“小さな傷”で出来る手術をして欲しいといって来院される場合が多いのとヘルニアが硬く骨化した患者が多いためで30~40%は手術になります」と出沢医師は話す。
その“小さな傷”で出来る手術はPED(ペド)。内視鏡による手術で、日本では出沢医師が2003年に導入し、もっか改良と普及を進めている。
「内視鏡による腰椎椎間板ヘルニア摘出術には、PEDとMED(メド)という2つの手術法があります。PEDは傷の長さがMEDの半分。面積は1/4の大きさのなかで行うことが出来ます。非常に狭い所に入ってヘルニアを除去したり、局所麻酔で行う事ができるので、入院日数がMEDでは7日前後必要なのに対して1日で済みます。また局所の痛みが少ないため、早めの社会復帰も可能です。最速2~3日で復帰している方もいますよ」(出沢医師)
さらに再発率が低いのもPEDの特徴だ「椎間板ヘルニアは手術をしても5~10%は再発します。というのも椎間板には再生能力がないので、手術をした痕はふさがりません。穴が開いている状態のままなので、髄核が再び飛び出してきてしまうのです。PEDなら穴も小さいので、再発率も当然減ってきます」(出沢医師)
とはいえPEDは高度な技術を要するため、習得に多くの訓練を積まなければならない。よって国内ではまだ6施設ほどしか、安心して受けることができないのが現状だという。
「私はもう14~15年やっていますが、今でも手術前のイメージ・トレーニングは欠かせません。人間の身体のなかで一番硬い骨と、豆腐のように柔らかく切れやすい神経とが相接する部分を、ダイヤモンド製の道具で削ったりするわけですからね。しかもミリ単位で。神経は一度切断したら、縫ってもつながりません。内視鏡を見ながら手術をするには、病態を頭のなかに3次元で構築し、どれくらい削るかなどを十分に検討して望む必要があります」と語る出沢医師。
自らの技術向上と手術法の改良に燃やす情熱は並大抵ではない。「ゴールはないと思うので、つねに切磋琢磨しています」(出沢医師)

医師プロフィール

1980年 千葉大学医学部卒業、整形外科学教室入局
1987年 千葉大学大学院卒業、国立横浜東病院整形外科医長、ファイバースコープによる脊柱管内診断法を初めて開発し内視鏡の診断法を確立
1988年 千葉市療育センター通園センター所長
1991年 帝京大学医学部整形外科講師
1993年 ソウルのSICOTで内視鏡脊椎外科の日本導入に本格的に準備する
1995年 ドイツのサーランド大學 米国のネバダ大学での内視鏡手術のトレーニングを施行し内視鏡前方法を5月に導入、若手医師の 講習会システムを設立
1996年 帝京大学溝口病院整形外科助教授
1997年 内視鏡後方法MED(メド)の独自の方法を日本ではじめて導入
1998年 日本内視鏡低侵襲脊椎外科学会設立
2002年 経皮的内視鏡椎間板ヘルニア摘出術PELD(ペド)を日本ではじめて導入
2003年 帝京大学溝口病院整形外科助教授,医長
2004年 帝京大学溝口病院整形外科教授、整形外科科長
2005年 帝京大学溝口病院副院長補佐
2014年 出沢明PEDセンター開業

「腰痛(腰椎椎間板ヘルニア)」を専門とする医師