貧血〔ひんけつ〕 家庭の医学

 貧血は、血液の中の赤血球の数やヘモグロビン濃度が減ってしまう病気です。めまいとともにくらくらして倒れてしまうような症状だけで貧血と称する場合も見受けますが、これはおもに一時的に脳への血流量が低下することなどで起こる症状であり、医学的に定められる貧血とは違う場合があります。医学的には貧血はヘモグロビン濃度が低いことを指します。ヘモグロビン濃度は成人男性では13~17g/dL、成人女性では11~15g/dLがおおむね正常のめやすとなる範囲ですので、それ以下を貧血と考えます。このほか、赤血球数、ヘマトクリットも調べます。

●貧血の検査項目
検査項目基準値
ヘモグロビン濃度
(g/dL)
男:13.7~16.8
女:11.6~14.8
赤血球数
(106/μL)
男:4.35~5.55
女:3.86~4.92
ヘマトクリット
(%)
男:40.7~50.1
女:35.1~44.4
(日本医師会ホームページ:健康の森より引用作成)


 健康人の血液中の血色素や赤血球数がおよそ一定の値を保っているのは、毎日、赤血球の約120分の1が寿命に達して血液中から取り除かれ、いっぽう同じ数だけ赤血球が造血組織で新しくつくられ血液中に補われるからです。
 赤血球もほかの血球と同様、骨髄(こつずい)でつくられ、循環血液中での平均寿命は約120日で、寿命に達した赤血球は脾(ひ)臓・肝臓で破壊、処理されます。骨髄での赤血球産生には、エリスロポエチンと呼ばれる腎臓でつくられる造血因子が重要な役割を果たしています。貧血になる原因には、大きく分けると赤血球のつくられかたの異常、赤血球の破壊の亢進(こうしん)、出血などがあります。
 貧血をもたらすおもな病気は次のとおりです。(参考:子どもの貧血

■鉄欠乏性貧血
 鉄分が不足することによりヘモグロビンが正常につくられないことで起こる貧血です。貧血の中ではもっとも頻度が多く、特に若い女性に多くみられます。血液をつくるのに必要な1日の鉄分量はおおよそ1mg、月経のある女性では2mgです。食物の中に含まれる鉄分の約10分の1量が吸収されてからだの中に入ります。したがって月経時の出血が多い場合、胃や腸や子宮などからの出血が続いた場合(胃潰瘍・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)胃がん大腸がん、子宮がんなど)、急激な成長時など、鉄分の必要量が増しているのにその分を食事からの摂取で補えないときや、極端な偏食などで鉄欠乏性貧血は起こります。

■溶血性貧血
 赤血球がいろいろな原因でこわされることによって寿命が短くなり、骨髄での赤血球産生が十分に追いつかないために、結果的に貧血になることを溶血性貧血と呼びます。
 溶血性貧血には大きく分けて、こわれやすい赤血球ができてしまう病気(先天性溶血性貧血、発作性夜間血色素尿症)や、赤血球以外の原因で赤血球がこわれやすくなる病気(自己免疫性貧血、薬剤起因性溶血性貧血など)があります。

■巨赤芽球性貧血
 骨髄での血液産生に重要な栄養としてビタミンB12や葉酸が知られていますが、これらの不足によりDNAの合成障害をきたし、その結果、血球産生に異常が起こり貧血となる病気です。極端な偏食がない場合、摂取量不足によるビタミンB12や葉酸の欠乏はまれとされていますが、葉酸は特に妊娠や成長による需要の増加によって足りなくなることがあります。摂取量が十分でも、胃炎による胃酸の減少や、自己免疫の機序、もしくは切除術のあとに内因子と呼ばれる、胃から出る吸収のための因子が不足することでビタミンB12の欠乏が起こることがあります。

■再生不良性貧血
 骨髄において血球をつくるおおもとの細胞(造血幹細胞)が、なんらかの機序ではたらきがわるくなり、結果的に十分な数の血球をつくれなくなる病気です。からだの免疫機能が異常な反応をして造血幹細胞を抑制することが背景にあるといわれています。造血幹細胞に起こる病気であるため、貧血のみならず白血球や血小板の数も減少します。
 薬剤が原因となることも少なくありませんが、原因が不明のことが多いです。再生不良性貧血は、厚生労働省の難病医療費助成制度対象疾病(指定難病)です。

■骨髄異形成症候群
 高齢者に多く、骨髄において造血幹細胞に染色体・遺伝子異常が起こることで正常な血液がつくられなくなり貧血となる病気です。正常な血球でないことは、骨髄検査をしてその形態をみることで診断されます。このような正常ではないことを異型性があるといいます。異型性のある血球は、その多くが末梢血に出てくる前に骨髄内でこわされてしまうため、貧血となります。造血幹細胞に異常があるため、貧血のみならず白血球、血小板数の低下をみとめることが多いです。
 起こっている染色体・遺伝子異常によって、一部に白血病に移行するタイプがあることがわかっています。骨髄中の芽球(がきゅう)と呼ばれる幼若な血球の割合や染色体異常、末梢血球数の減少などで白血病への移行リスクが予想できることが知られており、リスクに応じた治療がおこなわれます。低リスクの場合には赤血球造血因子であるエリスロポエチンなどが、高リスクの場合にはアザシチジンなどが治療薬として使われることがあります。造血幹細胞移植が根治を目指した治療法になります。

■二次性(症候性)貧血
 ほかの病気があって、それが原因で起こる貧血をいいます。各種がん、慢性感染症(結核細菌性心内膜炎骨髄炎など)、腎臓病(慢性腎臓病(CKD)など)、肝臓病(肝硬変、慢性肝炎など)、脾機能亢進症、内分泌疾患(甲状腺機能低下症アジソン病(慢性副腎機能低下症)など)、膠原(こうげん)病(関節リウマチ全身性エリテマトーデスなど)などに伴って貧血がみられることが多いです。

■出血
 外傷による出血、胃潰瘍、消化管や婦人科のがん、痔(じ)からの出血など、急激な大量の出血、もしくは長期にわたる少量の出血などで貧血となります。後者の場合、貧血の原因を検査しているうちに重大な病気が発見されることも少なくありません。血液には鉄分が多く含まれているため、長期にわたる出血による貧血の際には鉄欠乏を伴うことがあります。その逆に、鉄欠乏性貧血だと思っていたら出血による貧血が隠れているということもあります。
 原因によってはしばらくそのまま様子をみてもよいもの、外来で鉄分の補充で治療できるもの、入院して早急に治療しなければならないものなどさまざまです。

[症状]
 貧血の症状は、ヘモグロビン濃度の低下により血液がからだのいろいろな部分に酸素を十分に送れないために起こります。
 顔色がわるくなるほか、口の中の粘膜、結膜などが青白い、だるさ、疲れやすさ、頭痛、めまいなどが起こります。また、運動時の息切れ、動悸(どうき)が多くみられます。階段をのぼるとき、坂道をのぼるときなどに自覚することが多く、ひどくなるとむくみをきたすこともあります。長期にわたってすこしずつ貧血が進行した場合には、からだが貧血に徐々に慣れていくため、検査数値として同じ程度の貧血でも、短期間で凝った場合にくらべて症状が軽いことが多いです。
 貧血が起こる原因により、他の症状も加わることがあります。鉄欠乏性貧血では、このほかに爪が割れやすくなったり、口角炎、舌のあれ、食物を飲み込むときの痛みなどをうったえることがありますし、巨赤芽球(きょせきがきゅう)性貧血では舌の痛み、神経症状などがあります。貧血のほかに皮下出血斑をみとめたりする場合は、血小板減少をきたすような再生不良性貧血、白血病などの病気も考えなくてはなりません。

[治療]
 貧血の原因によって治療はまったく異なります。血液検査や骨髄検査などの検査をおこなって、その原因を明らかにし、原因を取り除くことが必要です。
 鉄欠乏性貧血では、胃潰瘍などがあればその治療が必要ですし、貧血の改善には鉄分の不足に対して鉄剤の投与が必要となります。また、消化管出血や不正性器出血が隠れていることがあり、特に高齢者で鉄欠乏性貧血がある場合には、消化器がんや婦人科がんの検査もおこなっておいたほうがよいとされています。
 巨赤芽球性貧血では腸管からの吸収がうまくできていないことが考えられるので、不足しているビタミンB12、葉酸を注射などで補うことが必要です。
 腎臓病の貧血は、腎臓で産生される赤血球造血因子であるエリスロポエチンの不足が原因ですので、エリスロポエチン注射により貧血を改善させることができます。
 血液をつくるのに必要な物質が不足して起こる貧血の治療は、このように比較的簡単ですが、骨髄での血液をつくるしくみに異常があって起こる再生不良性貧血、骨髄異形成症候群の治療は、血液専門医に相談することが必要です。貧血が改善せず、定期的な輸血が必要になることも少なくありません。貧血が重度で輸血量が多くなってしまう場合、年齢などに応じて造血幹細胞の移植がおこなわれ、治癒することも可能です。ただし、造血幹細胞の移植にはさまざまな副作用もあるので、移植をしたほうがよいかどうかは慎重な検討が必要です。軽症・中等症の場合、たんぱく同化ステロイド薬などが使用されます。免疫異常が原因の一部となっていることがあり、免疫抑制剤が使われることもあります。骨髄異形成症候群に対してはエリスロポエチン製剤注射や赤血球産生を促進するルスパテルセプトという薬も使われます。
 二次性(症候性)貧血では、原因となる疾患を治療することが大切です。

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