医師の紹介
診療内容
現在、日本では肝がんで亡くなる方は年間3万人を超えており、がんによる死因では肺がん、胃がんに次いで3番目に多い。肝がんの原因の80%はC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎だといわれており、そのC型肝炎のウイルスに感染している人は全国で約200万人いると推定されている。
C型肝炎は放置すると肝硬変、肝がんと悪化していく病気で、名前こそ違うが、C型肝炎、肝硬変、肝がんは一連の病気と捉える必要があると林医師は言う。
肝炎ウイルスは現在A,B,C,D,E型の5種類がみつかっているが、日本人で多いのはA,B,Cの3つで問題となるのは慢性疾患を起こすB型とC型である。A型はウイルスに汚染された貝などの海産物を食べて感染するが原則慢性化はしないが、一部の症例では慢性化する。
B型肝炎はウイルスに感染している人の血液、または体液を介して感染する。かつて問題となったのは母子感染だが、現在、妊婦健診でウイルスの有無を調べ、陽性をわかった場合は分娩直後の赤ちゃんに免疫グロブリンとB型肝炎ウイルスワクチンを打つことで感染を防止している。現在は増えているのは性交渉による感染で、粘膜を介して血液が体内に入るためと考えられている。母子感染や4歳以下で感染した人の一部で、ウイルスがいつまでも体内に残る持続感染状態になることがある。無症状であるため、検査をするまで気がつかないことが多いが、こういう人をキャリアと呼ぶ。日本人の0.8%がB型肝炎のキャリアであるといわれており、キャリアの10~15%が大人になって慢性肝炎を発症し、放置すると肝硬変から肝がんに進行することがある。
C型肝炎については、その原因のウイルスがみつかったのは1989年であり、それまではA型でもB型でもないということで、「非A型、非B型肝炎」といわれていた。C型肝炎の感染経路は血液から血液だが、血液中のウイルス量がB型肝炎の1万分の1と少ないため、感染力は非常に弱い。母子感染も数%と低く、性交渉で感染することはほとんどない。しかし、いったん感染するとウイルスが排除されず、持続感染するのが特徴である。それはC型肝炎ウイルスが特殊な働きを持っており、ヒトの免疫系を抑制してしまうため、肝細胞で生き延びて増殖することができるためである。感染時の症状も軽く、感染初期はGOTやGPTという肝機能検査が正常であるため、発見が遅れ、治療が後手に回るケースがある。そのため、林医師は「会社等の健診時に、ウイルスマーカーであるC型肝炎ウイルスに対する抗体の検査をしていただきたい。主婦の方などは市町村で検診を行っており、それ以外の時でもウイルスに感染している可能性のある方は検査できるのでぜひ受けていただきたい。運悪く感染しておられたら、ぜひ1度専門医で精密検査を受けていただきたい」と検診を受けることの必要性を説いている。全国各地に無料で検査を受けられる施設があるので、インターネット等で調べて行くことをお勧めする。
C型肝炎は初期に急性肝炎を起こすが、その8割は慢性化し、長い年月をかけて病気が進行していく。持続感染という状態で10年から20年で肝硬変に進行していき、その後は年率5%の割合で肝がんを発症する。放置したままではウイルスが排除される確率は1%以下といわれており、治療以外にはウイルスを除去する方法ないといってよい。C型肝炎の根本治療はウイルスの排除であり、現在、抗ウイルス薬であるインターフェロン治療が行われている。ウイルスが排除できると肝硬変への進行が抑えられるだけでなく、肝の線維化の改善が図られ、肝がんの発生も約10分の1程に減少する。C型肝炎ウイルスはその遺伝子型で分類されるが、日本では1b型と2a型、2b型の3種類がほとんどで、1b型が圧倒的に多く約70%、2a型が20%、2b型が10%である。ただ、患者数が最も多い1b型はインターフェロン(IFN)治療の効果が圧倒的に低い。治療の効果はウイルスの種類とウイルス量が決めるが、1b型でかつウイルス量が多い場合は、インターフェロン単独で有効率は5%程度である。2001年に抗ウイルス薬リバビリンとの併用が認められ約20%に上がった。さらに2004年に投与間隔が長いペグインターフェロンとリバビリンの1年間投与が認められ、有効率は60%近くになっている。
こうした方法でも薬の効果が得られない残りの40%の人に対しては、投与期間を1年半に延ばす方法が用いられている。また、最近は3薬併用療法(ペグインターフェロン、リバビリン、プロティアーゼ阻害剤の3剤)という新たな治療法が注目を集めており、インターフェロンとリバビリンの2剤併用療法よりも効果が高いとされている。ただ、皮膚障害や貧血などの重篤な副作用の発現率が2剤併用療法よりも高いという点が問題となっている。抗ウイルス療法が効かない場合は、GPT値を下げる働きのある肝庇護薬であるウルソ(Urso)という薬と強力ミノファーゲンCという注射薬を用いる。あるいは瀉血(しゃけつ)といって、1回200CC前後の血液を体から抜き取り、肝臓内に溜まった鉄分(肝臓に鉄分が溜まることにより肝細胞が破壊されやすくなるといわれる)を排出する。こうした方法で肝硬変へと進むスピードを遅らせている。
B型肝炎の治療法はインターフェロンの投与と、核酸アナログ製剤による治療がある。ラミブジンは1年間で20~30%の人でウイルスの耐性化が起きるが、この場合アデホビルという抗ウイルス薬を追加する。さらにエンテカビルというより効果の強い薬が認可され、日本では現在エンテカビルが用いられている。この核酸アナログはウイルスが肝細胞の中で増えるのを抑える薬で、この薬の登場でB型肝炎治療は大きく進歩した。ただ、B型肝炎は完全に排除することはできず、治療によりウイルス量を減らして肝がんになる危険性を下げることが目標となる。HBe 抗原陽性からHBe抗体陽性に変わることをセロコンバージョンというが、これができるとウイルスが排除されなくても、GOT、GPTの値が正常化する可能性が高くなる。
インターフェロン治療の際に問題となってくるのが、インターフェロンが引き起こすさまざまな副作用である。全身倦怠感、食欲不振、発熱は必ずといっていいくらいに起こるが、そのほかに白血球、血小板の減少、甲状腺機能の異常などもある。精神神経症としてはうつ傾向になるといったことがある。脱毛は5%以上の確率で起こるが、治療終了後は必ず元に戻るので心配はいらない。また、C型肝炎に感染すると糖尿病になる確率が高くなるといわれ、さらにインターフェロンを用いることにより、糖尿病が誘発されやすいということが報告されている。
リバビリンの服用では必ず溶血性貧血になるので、投与前のヘモグロビンが12g以上ないと投与しないなどの条件を設けるなどして対応している。リバビリンには催奇形性があるため、本人や配偶者に妊娠の可能性のある場合は投与しない。林医師は「現状はまだまだ検診を受ける人が少ないということと、検診でキャリアとわかっても専門医の治療を受ける人が少ないことが問題」という。「検診で肝炎ウイルス感染がわかっても自覚症状がなく、肝機能が正常な人が多いため、経過観察をとなってしまうためです。病気が進んでいても肝機能が正常なケースも多いので、1度専門医を受診することをお勧めします。現在、治療法も非常に進歩を遂げており、肝硬変になっていてもウイルスを排除できれば、肝臓は元に戻るので諦めず、治療を受けてほしいと思います。日本肝臓学会では増え続ける肝がんの死亡者を減らすために、さまざまな機会を使ってC型肝炎についてご理解いただき、さらに受診率を上げて、治療効果をさらにあげていくという努力をしていかなければならないと思っています」と林医師はこれからの治療への決意を語る。
医師プロフィール
1972年4月 大阪大学医学部第一内科
1973年8月 関西労災病院内科
1974年7月 大阪大学医学部第一内科
1979年9月 米国テキサス大学医学部生化学教室研究員
1981年5月 大阪大学附属病院助手(医学部第一内科)
1987年8月 大阪大学附属病院講師(医学部第一内科)
1997年4月 大阪大学附属病院助教授(医学部第一内科)
1998年9月 大阪大学教授(大学院医学系研究科分子制御治療学)
2005年6月 大阪大学教授(大学院医学系研究科消化器内科学)
2007年4月 大阪大学医学部附属病院院長
2010年4月 関西労災病院院長 現在に至る
「肝炎」を専門とする医師
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泉並木 医師 (いずみなみき)
武蔵野赤十字病院
消化器科 院長
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上野義之 医師 (うえのよしゆき)
山形大学医学部附属病院
第二内科(消化器内科) 科長、教授
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榎本信幸 医師 (えのもとのぶゆき)
山梨大学医学部附属病院
消化器内科(第一内科) 科長、教授
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熊田卓 医師 (くまだたかし)
大垣市民病院
消化器内科 副院長 部長
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熊田博光 医師 (くまだひろみつ)
虎の門病院分院
肝臓内科 分院長(兼部長)
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島田紀朋 医師 (しまだのりとも)
おおたかの森病院
消化器肝臓内科 部長
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高口浩一 医師 (たかぐちこういち)
香川県立中央病院
肝臓内科 院長補佐 診療科長
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茶山一彰 医師 (ちゃやまかずあき)
広島大学病院
消化器・代謝内科 教授
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豊田成司 医師 (とよたじょうじ)
JA北海道厚生連 札幌厚生病院
第3消化器内科(肝臓科) 名誉院長
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野村秀幸 医師 (のむらひでゆき)
新小倉病院
肝臓病センター長 副院長
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溝上雅史 医師 (みぞかみまさし)
国立国際医療研究センター国府台病院
ゲノム医科学プロジェクト プロジェクト長
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八橋弘 医師 (やつはしひろし)
国立病院機構 長崎医療センター
臨床研究センター センター長