急性肝不全〔きゅうせいかんふぜん〕 家庭の医学

 急性肝炎の一部は重症化し、肝機能が低下して、致死的な経過をたどる場合があります。また、同様の重症肝障害は、HBV(B型肝炎ウイルス)のキャリアや自己免疫性肝炎薬物性肝障害などの肝炎でも、術後肝不全、ウィルソン病、薬物中毒などの肝炎以外の肝臓病でも起こります。これら重症肝障害は成因がさまざまですが、これらを総称して急性肝不全と呼んでいます。
 わが国では、正常肝ないし肝予備能(肝臓の機能の保たれている程度)が正常と考えられる肝臓に障害が起こり、初発症状出現から8週以内にプロトロンビン時間INRが1.5以上になる肝臓病を急性肝不全と診断しています。急性肝不全は、見当識障害などの顕性脳症(Ⅱ度以上の肝性脳症)がみられない「非昏睡(こんすい)型」と、顕性脳症を発症した「昏睡型」に分類し、昏睡型は発症から顕性脳症の出現期間が10日以内の「急性型」と11日以降の「亜急性型」に分類します。また、発症から8週以降24週以内にプロトロンビン時間INRが1.5以上になり、顕性脳症がみられる場合は遅発性肝不全(LOHF)と診断し、急性肝不全の類縁疾患とみなしています。
 なお、急性肝不全のうち昏睡型で、その成因から肝炎と考えられる場合は、劇症肝炎(げきしょうかんえん)と診断することもあります。しかし、この病名は海外では使われていませんので、わが国でも急性肝不全の病名を使うようになっています。

[成因]
 わが国の急性肝不全は、ウイルス感染、自己免疫性肝炎、薬物性肝障害のうちアレルギー性特異体質などが原因で、肝炎と考えられる症例が80%以上を占めています。急性肝炎と同様に成因がわからない肝炎症例も少なからずみられます。最近の動向では、ウイルス性の症例が減少して、自己免疫性肝炎、薬物性肝障害、成因不明例などが増加しています。
 ウイルス性でもっとも多いのはHBV感染です。HBVの急性肝炎から重症化した症例は、非昏睡型や急性型に多くみられます。いっぽう、HBs抗原陽性のキャリアの急性増悪例や免疫抑制・化学療法で再活性化したHBV再活性化例は、亜急性型も含めていずれの病型を示します。HAV(A型肝炎ウイルス)感染は大部分が非昏睡型で、その残りは急性型です。HCV(C型肝炎ウイルス)感染の症例はほとんどなく、HEV(E型肝炎ウイルス)感染例はみられますが、それほど多くはありません。肝炎ウイルス以外のEBウイルスなどが成因の症例もまれにみられます。
 肝炎以外の症例でもっとも多いのは、循環障害による肝障害です。消化管出血、熱中症、敗血症性ショックなどで肝臓の血流量が低下すると、虚血による肝障害が起こります。いっぽう、欧米では自殺目的でアセトアミノフェンを大量に内服する中毒性の肝障害が多いのですが、わが国では少数です。そのほか、ウィルソン病などの代謝性肝障害、悪性腫瘍の広範囲な肝臓転移などが原因になります。

[症状と合併症]
 通常の急性肝炎では、黄疸(おうだん)が出たあとには全身倦怠(けんたい)感、食欲低下、吐き気などの消化器症状が改善しますが、急性肝不全ではこれら症状の増悪が続きます。昏睡型では見当識障害など肝性脳症の症状が出現して、増悪すると肝性昏睡におちいります(肝性脳症の項参照)。肝炎以外の症例では、肝障害の原因となった疾患に特異的な症状もみられます。
 急性肝不全、LOHFは、肝臓以外の臓器障害を高率に併発します。細菌などの感染症、腎不全、消化管出血、播種(はしゅ)性血管内凝固(DIC)、心不全などを併発し、これらによる発熱、呼吸困難、出血などの症状もあらわれます。また、医療従事者の指示に従わなかったり、失禁したりするⅢ度以上の肝性脳症では、脳圧が高くなって、脳浮腫を起こすことがあり、肝臓が改善しても脳死や植物状態になる場合もあります。

[診断]
 病型と成因の診断が重要です。病型の診断では初発症状の出現時期を知る必要があり、肝性脳症を出現している場合は、家族から病歴を詳細に聞き取ります。成因の診断は急性肝炎の場合と同様で、IgM型HAV抗体、HBs抗原、HBc抗体、IgM型HBc抗体、HCV抗体、HCV-RNA、IgA型HEV抗体、抗核抗体、IgGなどを測定します。また、薬物性が疑われる場合は、投与された薬剤を用いたリンパ球刺激試験をおこなう場合があります。また、自己免疫性や薬物性が疑われる場合や成因不明例では、可能な限り肝生検を実施します。急性肝不全では出血傾向があり、からだの表面から肝臓に針を刺すことができません。そこで、頸の静脈から心臓を経て、肝臓の静脈にカテーテルを進めて、血管内から肝臓に針を刺します。さらに肝臓が小さくなると予後が悪いので、腹部超音波やCT検査で、肝臓の大きさを経時的に観察します。

[治療]
 成因に対する治療と肝臓がこわれるのを防ぐ治療(肝庇護〈ひご〉療法)は、肝性脳症が出現する前から可能な限り早期に開始します。HAVやHBV感染で血小板数が低下している場合は、血液が固まるのを抑える抗凝固療法をおこないます。HBV感染では核酸アナログ、HCV感染では直接型抗ウイルス薬(DAA)を投与することがありますが、これら抗ウイルス療法は急性肝不全では保険適用がありません。肝庇護療法としては、副腎皮質ステロイドを大量に点滴静注するパルス療法をおこないます。
 顕性の肝性脳症が出現したら、肝臓の機能を代行する人工肝補助を開始します。オンラインの血液濾過(ろか)透析(HDF)がもっとも有用ですが、実施していない施設では高流量でのHDFないし持続HDF(CHDF)をおこないます。これらの治療は、肝性脳症の原因となるアンモニアなどの毒性物質を排除することが目的です。いっぽう、血液凝固因子など肝臓の機能が低下して不足する物質は、献血の新鮮凍結血漿(FFP)を輸血することで補います。以前は体外循環で血漿を血球から分離して、血漿をFFPに置き換える血漿交換がおこなわれていました。しかし、オンラインのHDFがおこなわれるようになってからは、その後にFFPを輸血することで十分で、血漿交換はあまりおこなわれなくなっています。なお、昏睡度がⅢ度以上の場合は、脳浮腫の予防のために、脳圧を低下させるマンニトールも点滴投与します。
 顕性脳症が出現したら、移植実施施設に連絡して、肝移植の準備も開始します。内科的治療による予測死亡率は、厚生労働省の研究班が発表しているスコア法で算出します。これは発症から顕性脳症が出現するまでの期間、プロトロンビン時間(%)、総ビリルビン値、直接/総ビリルビン値比、血小板数、肝萎縮の有無の各項目を0~2点に数値化して、その合計点で死亡率を予測するシステムです。家族ないし親族にドナー候補者(臓器提供者)がいる場合は、この予測死亡率を参考にして、生体肝移植をおこなうかどうかを決定します。また、スコア法で4点以上の場合には、脳死肝移植のレシピエント(移植を受ける患者)として、臓器移植ネットワークに登録します。急性肝不全昏睡型は脳死肝移植でもっとも優先される病気のため、2週間程度で移植手術を受けられる場合が多いようです。ただし、脳死肝移植の登録をして人工肝補助をおこなっていても、病気が悪化する場合はドナー候補がいれば、生体肝移植に切り替える場合もあります。
 なお、急性肝不全はさまざまな合併症を併発しますので、その治療も重要であることはいうまでもありません。肝炎以外の急性肝不全では、その原因が肝臓病以外の病気であることが多いので、その治療が治療の中心になります。

[予後]
 急性肝不全の予後は、その病型と成因によって異なります。ウイルス性、自己免疫性、薬物性のうちアレルギー性特異体質など肝炎症例の場合は、内科的治療で非昏睡型では約90%、急性型は40~50%、亜急性型では約20%、LOHFでは約5%の患者さんを救命することができます。また、成因ではHAVによるウイルス性の予後が良好ですが、HBVキャリア例、特に免疫抑制・化学療法による再活性化例の予後が特に不良です。これら症例は肝移植が実施できれば予後は良好で、いずれの病型、いずれの成因でも90%以上の患者さんを救命できます。
 肝炎以外の症例は、どの病型も肝炎症例に比較して、内科的治療による救命率が低率です。また、肝臓以外の病気があるため、肝移植のできない場合も多く、予後がわるいのが現状です。しかし、アセトアミノフェン中毒やウィルソン病の急性増悪による患者さんは、早期に適切な治療をおこなえば救命することが可能です。