RSウイルス母子免疫ワクチンの現状
~発売から3カ月~
新生児や乳幼児に肺炎などをもたらすRSウイルス感染症の母子免疫ワクチン「アブリスボ」が5月末に発売され、約3カ月が経過した。接種は進んでいるのか、現状について専門医に聞いた。
「RSウイルス感染症は今後、別のワクチンや抗体薬、治療薬が開発されてくる。患者さんは自分の環境や薬の特性を見て、予防や治療の選択ができるようになると思う」と森岡一朗医師
◇健康な子をウイルスから守る
RSウイルスは、2歳ごろまでにほぼ全ての子どもが1回は感染するとされる。同ウイルス感染症を発症すると、鼻水、せき、たんが絡む、呼吸が苦しい、胸が痛いといった症状が出る。
特に、生後6カ月未満や、低体重で生まれた赤ちゃんの場合は、肺炎や気管支炎を起こして重症化しやすく、入院が必要になることもある。
感染すれば、インフルエンザウイルスのような治療薬はなく、対症療法しかないのが現状。その中で、早産児や慢性肺疾患・先天性心疾患のある乳児、ダウン症候群の乳児といったリスクの高い子には、抗体薬による予防が実施されている。
一方、同ウイルス関連で入院するほとんどは、基礎疾患のない、低月齢で健康な子たち。日本大学医学部小児科学系小児科学分野の森岡一朗医師は「こうした健康な子への予防戦略として、アブリスボが使えるようになった」と評価する。
「抗体が確実に移行するよう28~36週の接種が望ましいことや、接種後2週間以内に生まれると抗体が移行していない可能性があるなど、接種はタイミングも大事。妊婦さんはこうした知識も持ってもらえているといい」と左合治彦院長
◇ある病院は「10人接種」
アブリスボは、妊娠24~36週の妊婦に1回接種。その後、母親の体の中でつくられた抗体が、胎盤を通して胎児に移り、出生時から同ウイルス感染症の発症や重症化を防ぐ。臨床試験で安全性、有効性が示されていて、欧米では一般的に使用されている。
7月から院内接種の案内を始めた、産科に特化したクリニック「山王バースセンター」(東京都港区)。薬剤の入荷やパンフレットの作成など準備を整え、これまで10件実施した。同センターの左合治彦院長は「関連の問い合わせ、打ちたいという要望は多い」と現状を説明する。
◇接種妊婦の声
同センターで接種した妊婦に院長を通して質問した。①どのようにワクチンの存在を知ったか②受けようと決めた理由③受ける際、不安はあったか。その不安をどのように取り除いたか④妊婦がワクチンについて知るために、今後どのようなことを期待するか―の4項目について回答を得た。
①どのように知ったか
「乳幼児を育てている友人から話を聞いた」
「SNSやメディアでも話題になっていたため調べた」
「外来の待合室で他の妊婦が話しているのを聞いた」
②接種の理由
「赤ちゃんのため」
「友人の子どもがRSウイルス感染症で入院したことを聞いたため」
「上の子が保育園に通っていて罹患(りかん)リスクが高いから」(経産婦)
③不安の有無と、取り除いた方法
「承認され、接種開始されたばかりで不安だったが、臨床試験の内容を読み、家族と相談して決めた」
④ワクチン認知や周知に対して求めること
「病院のポスターはもちろん、担当医師から話をしてもらいたい。医師から周知があれば、より考える時間や機会ができるからいい」
◇接種検討8割超えたが
妊娠・出産に関する情報を発信するアプリ「Baby(ベビー)プラス」を運用しているハーゼスト社が、同アプリの月間利用者数約2万人にアブリスボの認知についてアンケート調査を行い、1557人から回答を得た。
結果を見ると、RSウイルス感染症自体の認知は約8割。しかし、ワクチンの存在や理解は4割を切り、広まっていない印象だ。接種経験者は約6%とごくわずかにとどまった。
担当した同社の加藤俊太郎さんは「接種したい、検討したい割合は8割を超えていることから、情報が広まれば接種は増えるのではないか」と話す。
ワクチンへの不安に対する自由回答では「前例が無い」「新しいワクチンは不安」「副反応が出たら心配」「胎児に影響がでたらどうしよう」など。「妊婦は薬が基本禁忌」という前提が浸透している中、予想された内容が可視化された。
同アプリは、産婦人科医が監修・執筆した内容で構成されている。加藤さんは「正しい情報を発信する必要があると痛感した。接種推奨ではなく、病気を予防する選択肢の一つとして訴求したい」と意欲を見せた。
RSウイルス感染症予防ワクチン「アブリスボ筋注用」(ファイザー社提供、背景を加工)
◇妊婦さんから聞いてほしい
左合院長も「アブリスボは、母体に免疫して抗体を作り出し、胎盤、臍帯(さいたい)を通して赤ちゃんに移る。感染症の予防では比較的新しいアプローチで、試金石になってほしい」と期待を込める。
ただ、ワクチンに対する独特のアレルギーのような考え方が、日本にはいまだにある。また、保険適用されていない、一斉接種ではなく、あくまで任意だということが「どこまで情報提供したらいいか、まだ手探り段階」(左合院長)。
アンケートでも触れられていた「医師からの一層の周知」についても、「有料ということもあり『接種を無理に勧めている』『受けなくてはいけないのか』と受け止められてはいけない」と、左合院長は慎重な姿勢を見せる。
森岡医師は「妊婦さんから『ワクチンを打ちたいから相談したい』と話を持ち掛けるのが一番の近道だと思う」とし、左合院長も「聞いてもらえると、現場の医師は話しやすい。この先、もっと打てるようになってほしいと考える妊婦さんが増えれば、どんどん状況は変わってくると思う」と話す。
◇情報アクセスが課題
RSウイルス感染症の今年の流行推移は、3月ごろから増え、4月にピークを迎え、いったん収束したものの、7月に再び急増。8月に入りやっと減少に転じた。こうした流行時期に生後間もない時期を過ごす赤ちゃんのために「今後、時間はかかると思うが、妊婦の半分以上は接種するような状況になると思う」と左合院長は予想する。
どんな感染症にも言えることだが、発症や重症化を予防するためには、まずその感染症についてよく知ることが大事だ。そして、ワクチンがあるのか、抗体薬があるのか、治療薬はあるのかなど、日ごろから情報のアクセスをよくしておく必要がある。
左合院長は「残念ながら、こうした医療に関する情報へのアクセスがいい人、悪い人が存在する。健康にまつわる情報格差はあってはならない」と指摘した。(柴崎裕加)
(2024/09/17 05:00)
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