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命に直結する糖尿病合併症
~心筋梗塞・心不全や脳卒中~ 第5回

 前回は、主に慢性高血糖状態から引き起こされる網膜症、神経障害、腎障害の三大合併症と呼ばれる「細小血管障害」を解説しました。今回は主に2型糖尿病の合併症の一つである、心臓や腎臓、脳などの疾患について解説したいと思います。これらの疾患は命に影響を及ぼす事が多く、血管が原因である事が多いので「心血管疾患」とも言われています。主な病名で言えば、心筋梗塞や心不全、慢性腎臓病・腎不全、脳卒中認知症などです。

糖尿病の怖さを知ろう

糖尿病の怖さを知ろう

 ◇大きな血管が原因

 心筋梗塞や脳梗塞などは、大きな血管の動脈硬化から引き起こされる病気です。このため、網膜症などの細小血管障害に対して「大血管障害」と呼ばれています。糖尿病だけでなく、高血圧や脂質異常症を合併している場合に多く発病します。特に、両親や祖父母などの親族に同じ大血管障害の患者がいた場合は、自分の発病リスクも一段と高くなると意識するべきでしょう。

 今回、大血管障害を取り上げる理由は二つあります。一つは、これらの疾患は命に直接影響を及ぼすだけでなく、罹患(りかん)後にその人の生活の質(QOL)を大きく落とす事があるからです。もう一つは、医療の質の向上と高齢化が著しい現状では、心不全や腎不全、認知症の患者がこれからさらに増える可能性があるからです。これは、心不全で亡くなったという著名人の訃報を以前より耳にする機会が増えている事からも想定できるかと思います。

 動脈硬化はゆっくり進行

 動脈硬化は、一般に初期には明確な症状は出ず、ゆっくりと少しずつ進行します。そして症状が出る場合は、心筋梗塞・脳梗塞など重症化している事が多いのです。このため、早期からの予防がとりわけ重要な課題となります。これは最近の研究報告からも分かります。ある報告では、日本人の2型糖尿病患者に初めて出現する大血管障害は、欧米人と比較して心不全や慢性腎不全の割合が高く、全体の約7割を占めていると報告されています。

心血管病の国ごとの割合

心血管病の国ごとの割合

 ◇「ABC」のコントロールを

 また大血管障害に関しては、若い時に糖尿病と診断された人は、やはり発症する事が多いという報告が相次いでいます。その観点からも早期の予防が重要です。基本は「ABC」のコントロールです。Aは血糖値の指標となる「HbA1c」です。HbA1c7%未満を基本とします。特に糖尿病と初めて指摘された場合は、1年以内に7%を切ることが望ましいのです。これにより5年後に大血管障害を招く危険性がかなり減ると報告されています。

 Bは「血圧(Blood Pressure)」で、 これは糖尿病患者においては最も重要な指標でもあります。なぜなら、血圧は心臓や腎臓、脳の血管の状態に直接関与しますので、確実なコントロールが求められます。目安は年齢によって若干違いますが、病院などで測定した数値で「130mmHg/80mmHg未満」、リラックスできる家庭で測定した場合は「125mmHg/75mmHg未満」となります。定期的な測定で3回連続して高い数値が出た時は、塩分制限も実施した上で主治医と相談してください。

 Cは「LDLコレステロール」いわゆる悪玉コレステロールのコントロールです。糖尿病患者は「120mg/dl未満」が基準となります。食事での改善はなかなか難しいので、健診などで指摘された場合は血圧と同様に主治医と相談しましょう。可能であれば、外来診療のたびに血液検査を受けて測定しておく事をお勧めします。

糖尿病をコントロールするための指針

糖尿病をコントロールするための指針

 ◇喫煙も要注意

 多くの糖尿病患者がメタボリックシンドロームを基盤としていますので、BとCでも基準を超えている事が多いかと思います。私は外来では、このABCの重要性を患者に常に意識してもらうようにお願いしています。また時として、喫煙も関係します。こちらも動脈硬化を大きく進展することがありますので禁煙に努めましょう。禁煙後には食事量が増えて体重が増えがちですので、同時に気を付けてください。

 動脈硬化の進行度を知る

 われわれが実施した2型糖尿病患者の大規模調査においては、このABCが全てガイドライン基準以下になっている人は全体のおよそ15~25%程度しかいませんでした。この調査は、血圧を測定している患者を対象としていましたが、日常診察では血圧が測定されていないこともあります。ガイドライン順守率はもっと低い可能性もあります。

 もちろんABCがガイドライン基準以下になっている事は重要なのですが、時として、それでも動脈硬化が進展してしまう場合もあります。これは、たばこをたくさん吸っても肺がんにならない人がいる一方で、少ししか吸っていないのに肺がんになってしまう人がいるのと同じだと思ってください。

 この点で重要なのは自身の動脈硬化の進行度を知る事です。現状を知り、年齢とともに、どのように推移していくのかを定期的に確認する事です。血管年齢を具体的に知るための「CAVI検査」や、頸(けい)動脈エコーなどを受けることが望まれます。さらに、年に1回は胸部レントゲンや心電図も測定しましょう。

 この中では、心臓に肥大があるか不整脈があるかなどのチェックも心臓病の予防には重要です。心臓に関して自覚症状が出た場合は、既に心筋梗塞や心不全など既に重症化していることが多く、緊急入院が必要となってしまう場合もあります。もし軽症であったとしても油断せず、循環器内科などの専門医の診察を受けて病状を評価してもらいましょう。

 近年患者数の増加が報告されている心不全は、患者の急増が予想され、「心不全パンデミック」などと言われています。循環器学会が啓蒙(けいもう)活動に取り組んでいるところです。2型糖尿病患者では、65歳で全体の約3~5割に「心不全予備群」とも言われる心臓の拡張機能障害を有している事も報告されています。脳ドックも重要ですが、定期的な心臓の評価が望まれます。

 特に近年は腎臓との関連も注目されています。腎不全も心不全と同様にかなり悪化していないと、浮腫などの症状は出ない事が多いのです。こちらも定期的な尿の検査をお勧めします。ここ20年で糖尿病治療の目標や、その手法も著しく変化してきています。従来は血糖コントロールだけに主眼が置かれていました。もちろん、これはとても重要ですが、血糖や血糖変動だけを改善しても、大血管障害は必ずしも予防できない事も既に明らかになりました。血糖以外の血圧や脂質、いわゆるABCをトータルにコントロールする事が求められています。

 糖尿病の新薬も登場

 一方で新しい抗糖尿病薬も多く登場しており、その一部は血糖値を低下させる作用以外に、従来はできなかった心不全の予防や腎機能の低下を防ぐ作用もあることが分かりました。これが「SGLT2(エスジーエルティーツー)阻害薬」と呼ばれる薬で、糖尿病患者の心不全のリスク軽減に効果を示し、現在では糖尿病だけでなく、慢性心不全単独の治療薬としても使用されています。また糖尿病患者に対しては、腎臓の保護にも寄与するという報告があり、注目されています。

 もちろん合併症の予防には日々の生活習慣が基本です。当然ではありますが、心不全の進行抑制についても軽い運動(身体的活動)が基本です。もちろん、結果として肥満を改善することは重要です。糖尿病患者の心臓・腎臓・脳の疾患を予防するためにも、ABCに加え、運動と肥満解消が重要なことを自覚し、実践しましょう。(了)

 ▼坂本 昌也(さかもと・まさや)

 医師 医学博士

 国際医療福祉大学 糖尿病・代謝・内分泌内科教授。国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科部長。1997年、東京慈恵会医科大学を卒業。専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では予防医学の観点から糖尿病患者の研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。「最強の医師団が教える長生きできる方法」、「血糖値バイブル」など著書多数。糖尿病治療の啓蒙活動にも力を入れている。

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