内富庸介 医師 (うちとみようすけ)

岡山大学病院

岡山県岡山市北区鹿田町2-5-1

  • 精神科神経科
  • 科長 教授

心療内科 神経科 精神科

専門

うつ病、ストレス障害、精神腫瘍学

内富庸介

内富庸介医師は、サイコオンコロジー(精神腫瘍学)のスペシャリスト。91年がん分野で米国トップとされるメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターでがん患者の精神的ケアについて学び、日本国内での精神腫瘍学の確立を決意する。95年国内初である国立がんセンター研究所支所精神腫瘍学研究部の創設に携わった。がん告知後に生じる落ち込みのケア、うつ病の病態研究に取り組む傍ら、がん患者の意向調査に基づいた「がん医療におけるコミュニケーションプロトコール」を開発した。医師に対するコミュニケーションスキルの向上にも力を注いでいる。

診療内容

がんの告知率が上がり、それにともなって患者の「心のケア」の必要性も高まっている。内富医師は、あるがん患者との出会いを経て、それまで大半が見過ごされてきた“がん患者のうつ”と向き合うようになった。米国での研修後、日本国内での「精神腫瘍学」(がん患者の精神面を重視した治療をめざす専門分野 ) の確立を決意。1995年には、国立がんセンター(当時)で精神腫瘍学研究部(精神腫瘍科)の創設において、中心的な役割を果たす。
医師が患者へがん告知する際の環境や態度を細かくまとめた「悪いニュースを伝える時の手順」の制作にも携わり、コミュニケーション技術教育のカリキュラムを開発、日本サイコオンコロジー(精神腫瘍学)学会を通じ、がん診療医を対象にロールプレーイング(役割実演)を行い、さまざまなノウハウを伝授してきた。その活動は国際的な評価を得、1996年 国際サイコオンコロジー学会から若手研究者賞、2006年Bernard Fox 記念賞を受けた。
同院へ赴任後は、緩和ケアチームと協力し、がんと診断された段階から患者の心を支える「つらさサポートチーム(仮称)」の立ち上げを目指してきた。内富医師のチームが治療に取り入れている「つらさと支障の寒暖計」の開発も、その活動の一環と言えるだろう。がん患者のうつ病や適応障害の発症を早期発見するための質問票。目盛りを刻んだ寒暖計の図を患者に示し、最近一週間の気持ちを、「最高につらい」(10)「-つらさはない」(0)でマークする。さらに、日常生活に支障があるかどうかを、最高に支障がある(10)-支障はない(0)で答えてもらう。
つらさと支障のいずれもが一定の点数を超えていた場合、臨床的にうつ病や適応障害と診断される確率が高まることが実証された。精神保健の専門職でなくてもベッドサイドで簡単に検査できるものとして活用されている。内富医師が重視してきたのは心の三要素(知情意=知性・感情・意志)の中でも「情」だ。
「『説明と同意』と訳された日本のインフォームドコンセントには、『情』がすっぽり抜け落ちていたのです。まだまだ過大は山積みですが、医療も少しずつ患者さんの心の痛みに向き合う努力を始めています」
と想いを語る。
「精神腫瘍学」こそ、まさに患者とその家族の心を支える「情」に根ざした医療。内富医師はその先駆者として、また最も実力ある専門医として、深い使命感のもと今日も患者の心を見つめている。
岡山大学病院精神科神経科の外来では、教授の専門のがんなどの身体の病気を抱えた患者・家族の方のメンタルヘルス活動(リエゾン)などの専門外来の他に、うつ病、認知症、統合失調症、性同一性障害などの精密な包括鑑別診断を含む高度な診療が行われている。また、入院は、全室個室で28床のベッドを有し、精神療法・薬物治療・各種検査が行われている。総合病院という特性を生かし、詳細な鑑別診断と他科との密な連携医療を実現。複数の専門家医師によるカンファレンス等チーム体制で対応しながら、最先端・最適な医療を提供している。

医師プロフィール

1984年3月 広島大学医学部卒業
1988年8月 国立呉病院・中国地方がんセンター精神科医員
1991年3-5月 厚生省HIV留学制度により米国スロンケタリングがんセンタ-記念病院精神科研修
1994年12月 広島大学医学部神経精神医学教室講師
1995年9月 国立がんセンター研究所支所精神腫瘍学研究部室長
1996年4月 同 部長
2005年10月 国立がんセンター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部長
2010年4月 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学教室教授
現在に至る
生命の危機に伴う抑うつ対策とその機序解明、そして生命に向き合う精神医学の教育研修を使命とする

「うつ病」を専門とする医師