片渕秀隆 医師 (かたぶちひでたか)

熊本大学医学部附属病院

熊本県熊本市中央区本荘1-1-1

  • 婦人科・産科
  • 副病院長(地域医療連携担当)
  • 教授、科長

産婦人科 婦人科 がん

専門

婦人科腫瘍学を専門とし、とくに子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん、絨毛性疾患などの悪性腫瘍、良性疾患では子宮内膜症や子宮腺筋症に詳しい

片渕秀隆

片渕秀隆医師は、婦人科腫瘍治療で日本をリードする存在で、婦人科病理診断学のエキスパートとしての正確な診断に裏打ちされた治療により子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん、絨毛性疾患、子宮内膜症・子宮腺筋症の名医として知られる。地元熊本県のがん治療の地域連携クリティカルパス「私のカルテ」の導入に尽力し、その先駆的取り組みにより全国から注目を集める。日本婦人科腫瘍学会の治療ガイドライン作成の責任者として長年にわたり携わってきた一方で、ライフワークの一つとしてティーンエイジからの「がん教育」に取り組む。その一環として、2008年からこれまで県内の延べ80の高校に自ら出向き「産婦人科、子宮、妊娠、そして“がん”そんなの私たちに関係ない。自分が生きていることを奇蹟と考えたことがありますか」というタイトルで、命について考える授業を行っている。

診療内容

同院は熊本県下唯一の特定機能病院として、高度で先進的な医療の研究開発およびその診療への応用実践を推進しており、婦人科進行がんに対する治療件数はがんセンターを含めた全国の上位10施設以内に入る。
同科の診療科長を務める片渕医師はその基本理念を「患者さんへの誠実な対応であり、一視同仁を心に皆が日々努めています」と話す。
同院の婦人科悪性腫瘍に対する治療法としては、手術、化学療法、放射線療法、化学放射線併用療法を集学的に駆使し、放射線診断・治療科、消化器外科、泌尿器科や病理部、地域医療連携センター、がんセンター、外来化学療法センター、生殖医療・がん連携センター、熊本県「私のカルテ」がん連携センターの協力を得て対応している。患者のQOL向上を第一に考え、婦人科がんの基本手術である広汎子宮全摘出術では膀胱機能障害を来さないように骨盤神経叢温存の術式をいち早く導入し、さらに骨盤リンパ節郭清術後に生じる下肢のむくみ(リンパ浮腫)に対して、リンパマッサージなどによる積極的な予防策を2004年から行い、効果を上げている。術後の補助化学療法では外来化学療法センターでの外来治療を積極的に取り入れている。若年者においては将来妊娠・出産が可能であるように妊孕性の温存を考慮した治療を行い、妊娠中に判明した婦人科や他臓器の疾患については周産期センターとの密接な協力関係を樹立し、患者さんの希望に沿うように尽力している。また、がんを克服し挙児を希望する症例では、2016年4月に新たに設置した生殖医療・がん連携センターを中心に個別に対応している。
同科の外来は、婦人科が腫瘍外来、腹腔鏡外来、一般再来、不妊外来、思春期外来、女性医師担当外来に細分されている。産科では、周産期外来、生殖補助医療技術(ART)外来、女性医師担当外来に加え、毎週火曜日午後には生殖医療カウンセリング外来、火・木曜日の午後には不妊看護認定看護師による不妊相談外来を設置。また、九州で5番目、熊本県内で唯一の新型出生前遺伝学的検査(NIPT)を実施している。全国のNIPTコンソーシアムに所属して、4人の臨床遺伝専門医によって患者さんのための検査の目的について時間をかけて説明している。同時に、遺伝性がん(遺伝性乳癌卵巣癌、リンチ症候群、ほか)をはじめとして遺伝性疾患に対して、よりよい遺伝カウンセリングを提供する体制について検討し、その成果をフィードバックして次に検査を受ける人の遺伝カウンセリングのために活用している。
婦人科のがんは年々増加の一途をたどっている。3大疾患である子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんの全ての症例数が近年増加傾向にあり、同院でも15年前の2倍以上に達し、一年間の進行がんの総数は200例を越えている。また、子宮頸がんでは日本人女性のライフスタイルの変化も一因となって20~30代の罹患率が急激に高まり、現在、日本における20代女性がかかるがんの第1位を占めるに至っている。片渕医師はこうした現状に歯止めをかけるべく婦人科がんの予防にも尽力し、早期発見のための子宮頸がんの検診推進に取り組み、また日本婦人科がん検診学会の副理事長も務めている。
現在、積極的推奨が控えられているHPVワクチンの接種が子宮頸がん予防の万能策とはいえないため「20歳以上になったら1~2年に1回は子宮頸がん検診を受け、できるなら10歳代でも性交渉を経験した年齢から受診することが理想的です」(片渕医師)
片渕医師は、夏休みの前の約2か月間には、熊本県内の高校に出向いて10代からの「がん教育」の授業を行っている。子宮頸がんは若い年齢で性交渉を持ち、パートナーが複数に及ぶことでより危険性が高まることが指摘されている。実際に若い年代の発症が増えている現状を説明し、女子男子ともにそのリスクを理解してもらおうというもの。「子宮頸がんは女性しかかからない病気ですが、男性の存在なくして女性が発症することはほとんどありません」(片渕医師)
高校3年生の45%がすでに男女ともに性交渉の経験を持つという東京都のデータ(2008年)からもわかるように、普段の授業では現状を訴えることは難しく20~30代という結婚・出産年齢にいちばん多いがんが子宮頸がんであり、「結婚前に、子どもを生む前に、あるいはみごもった状態で子宮を失うことになるかもしれない現実を示さなければならない。その結果、がんになる危険因子を正しく理解してくれる生徒が一人でも増えてくれれば本望」と片渕医師は言う。この高校での「がん教育」の活動は、その後大学生となった世代に新たな展開をみせている。薬学部、保健学科、医学科、政策創造研究教育センターの女子・男子学生が中心となり、行政や報道関係者を含めた「K発プロジェクト」が2015年に立ち上げられた。具体的な活動として、(1) 熊本県健康づくりモデル事業の一貫として、学園祭での子宮頸がん検診、啓発チラシ・受診施設マップ・啓発動画、グッズの作成、(2) 日本学術振興会主催「ひらめき☆ときめきサイエンス」による高校生を対象とした授業と実験の企画、(3) 男性を対象とした子宮頸がんを学習する「男塾」の企画などである。一方、この間の子宮頸がん検診受診率のデータが大学生に行政から提供され、また、薬学部・保健学科の女子学生を対象とした4年間の経時的アンケートによる意識調査が行われている。
進行した子宮頸がんの基本術式は、広汎子宮全摘出術+骨盤リンパ節郭清術である中で、肺や肝臓への遠隔転移を予防する術式を考案し、実践している。また、妊孕能を温存することが可能な前がん状態や上皮内癌では、広く行われている子宮頸部円錐切除術にハーモニックスカルぺルを用いることで入院時間の短縮と合併症の軽減を行うとともに、外来で行うことの出来るCO2レーザーによる蒸散術を1991年から導入し、この手技は熊本県では同院のみで行われている。
子宮頸がんが、子宮の本体を支える下3分の1の部分である頸部に発生するのに対し、胎児が育つ部分である体部に発生するのが子宮体がんである。子宮頸がんは20~30代の若い女性が約半数を占めるのに対し、子宮体がんは50~60代に多い。ただ、子宮体がんは約20年前から急増し、子宮頸がんを超える数となり、それに伴い40歳未満の若い女性の絶対数も多くなっている。
子宮体がんはエストロゲン(卵胞ホルモン)によって発生するタイプとエストロゲンに関係なく発生するタイプに分けられ、前者でリスクが高いのは妊娠・出産歴がない、不妊、肥満等で、糖尿病や高血圧等のメタボリック症候群との関連、乳がんや大腸がんの家族歴との関連も指摘されている。また、タモキシフェンというホルモン剤の投与を受けている乳がんの患者さんに見つかることも多く、このホルモン剤を服用するのであれば、子宮体がんの検診をセットにすることが必須である。ホルモン治療を受けていない場合でも、乳がんや大腸がんを経験した女性やそれらの家族歴のある女性は同様である。
治療法は外科療法、化学療法、放射線療法、ホルモン療法の4つがあり、子宮摘出を基本として病状に応じて組み合わせて行う。基本術式は単純子宮全摘出術+両側子宮付属器(卵巣・卵管)摘出術+骨盤リンパ節郭清術である。子宮摘出の術式は、準広汎あるいは広汎も選択肢の1つとして挙げられ、同院では血行性の腟・腟傍結合織転移を予防する目的で準広汎性子宮摘出術を採用し、同部位の再発率は皆無(2016年までの症例による)という非常によい成績をおさめている。単純子宮全摘出術を行っている欧米では約8%に腟断端再発が報告されていることと比較しても、理にかなった術式と言える。
子宮体がんの進行症例の増加は全国的な傾向であり、同院でもIII期、IV期の症例が占める割合が高まってきている(同院のIII期、IV期の症例が占める割合は1986年~2003年では18.1%、2004年~2016年では29.4%に増加)。その中で中・高リスク群に対して、術後化学療法としてアンスラサイクリン系とプラチナ製剤を中心に、タキサン系薬剤の併用も行って予後の改善を行っている。
増加している40歳未満の症例には子宮温存と出産の実現が最大の課題となる。初期子宮体がんに限られた治療として酢酸メドロキシプロゲステロンが導入され、第4世代プロゲスチンであるジエノゲストの効果も片渕医師のグループの基礎研究で示されている。また、片渕医師達は、子宮体がん発症のメカニズムを解明する研究も進めており、40歳未満の子宮体がんの38.5%に高プロラクチン血症が認められるという研究成果を発表し、高プロラクチン血症に至る病態(下垂体腺腫、甲状腺機能低下症の合併、向精神薬服用など)が、若い女性においては排卵障害を引き起こす一方で、子宮体がんの発症と進展に直接関与している可能性が高いと片渕医師は注意を促している。
若い女性に増加しているがんでは卵巣がんもその1つにあげられる。卵巣がんは自覚症状がないために早期発見が難しく、発見されたときにはがんが進行した状態であることが多い。そのため、サイレントディジーズ(沈黙の病気)、あるいはクリーピング・ディジーズ(忍び寄る病気)といわれている。
卵巣がんは女性の社会進出を背景に急増しており、結婚や出産の機会減少との関連性も指摘されている。というのは、排卵回数が卵巣がんの発症に深く関わっているという学説からである。卵子が卵巣から飛び出すことで排卵するが、その際、卵巣表面に傷がつき、卵巣がんに罹りやすい状態をつくるといわれている。妊娠出産、授乳期間は排卵が抑制されて月経がないが、その期間が長い程リスクは減少する。逆に出産をしなければそれだけ排卵回数は増え、卵巣がんのリスクが高まる。日本の出生率(合計特殊出生率:2016年は1.44)の低下も卵巣がんのリスクを高めていると言ってもいいようだ。そのほか、たばこの煙、アスベストといった汚染された外気に含まれる化学物質が腟・子宮・卵管という通路を経てお腹の中に入り、排卵によって傷ついた卵巣に付着してがんの発生を促すのではないかと片渕医師は言う。また、卵巣がんには家族性があり、母親が卵巣がんである場合はそうでない場合の3~4倍リスクが高くなる。特定の遺伝子の異常によって家族内に集中して発症することもある(遺伝性乳癌卵巣癌)。両親、祖父母の中に大腸がんあるいは乳がんの罹患者が2人いると卵巣がんのリスクが高まるなどの他のがんとの関連性も指摘されている。そうした家族の中の女性は定期的に検診を受けてほしいと片渕医師は言う。
初期の段階では症状がないために、腰痛やお腹の張りなどの症状があって卵巣がんが発見された時には病巣が拡がってIII期やIV期になっていることが多く、その割合は2分の1に達する。卵巣がんの進行期別の5年生存率はI期では90%を超えるがII期で79%、III期で46%、IV期で35%である(日本産科婦人科学会婦人科腫瘍委員会報告、2017年3月)。同院のデータでは卵巣癌のもっとも重要な指標となるIII期が62%と平均よりも非常に高く、これは次に詳述する2002年から導入したマンシェット式広範囲骨盤腹膜切除術が一因と考えられ、良好な治療実績をあげている。
早期発見がなによりも重要であるため、片渕医師は子宮頸がんの検査の際に子宮体がんや卵巣がんのことも考え、同時に内診(診察)を受け、必要ならば超音波断層検査を行ってもらうべきだと考えている。「子宮頸がんはもとより子宮体がん、卵巣がんという女性の骨盤内臓器に最も多い3つのがんについてはすべてを検査するというトータールケアにすべきです。子宮がん検診を受ける女性も、せっかくの機会なので子宮頸がんだけでなく、卵巣がんなどの検査もぜひ受けていただきたい」と訴え、がん検査を実施している医療機関にもアピールしている。
治療法は1982年に白金製剤のシスプラチン、1997年にタキソールという抗がん剤が導入されて治療効果があがり、ほかにもさまざまな薬を組み合わせて使うことでIII期のケースも生存率40%を超えるまでになっている。抗がん剤治療は卵巣がんに高い効果があり、その後、他のがん治療でも積極的に用いるきっかけともなった。「卵巣がん治療ガイドライン」は、日本婦人科腫瘍学会のガイドライン委員会で、片渕医師が委員長の時に5年ぶりの改訂作業を行い、2015年春に出版された。尚、「外陰がん、腟がん治療ガイドライン」が世界で初めて2015年夏に出版され、さらに「患者さんとご家族のための子宮頸がん・子宮体がん・卵巣がん治療ガイドラインの解説」改訂版が2015年末に刊行された。
同院では先進医療に向けた研究にも積極的に取り組んでおり、片渕医師は卵巣がんの基礎研究・臨床研究に約30年にわたり特に力を注ぎ、その基礎研究は特許を得るに至っている。卵巣がんの母細胞に着目した研究を世界に先駆けて1980年代後半から始め、また最近はがん幹細胞をターゲットにした新規卵巣がん治療薬開発の研究(Dual-Targeted Therapy)にも取り組んでいる。その理論を展開したマンシェット式手術と名付けられた術式は、骨盤腹膜を広範囲に切除する手技で2002年から導入し、臨床的にも予後改善にもつながっており、2014年4月にはこの結果がマスコミにも採り上げられた。総じて、III期、IV期の長期生存者が本院で多いことは特筆すべきことである。
熊本県では2006年12月に「熊本県がん対策推進計画」の取り組みを開始し、連携パスに関しては2008年6月に協議会内にワーキンググループを立ち上げ、47都道府県のトップを切って2010年3月に5大がんの県内共通連携パスである「私のカルテ」を導入し、その先駆的取り組みが全国的に注目を集めている。「私のカルテ」の導入にあたり、2009年4月にはワーキンググループが「相談支援・情報連携部会」として新たなスタートを切り、片渕医師が部会長に就任し「私のカルテ」運用に向けて陣頭指揮をとり、現在までに4千人を超えるがん患者さんが使用している。「私のカルテ」の内容は、患者さんが記入する「私のプロフィール」のほか、計画策定病院が治療内容や経過を記入する「情報共有書」、5年間(乳がんは10年間)の診療内容を示した「共同診療計画表」に加え、連携パス記入表、薬剤師や看護師などがメッセージを記入するページ、患者の家族から医療者に伝えたいことを記入するページなどで構成され「おくすり手帳」の添付などが同県ならではの取り組みとなっていて、薬剤師や主治医との情報交換ツールとしても活用されている。拠点病院から遠い地域に住む患者さんは術後に同じ治療方針で自宅近くの開業医で受診できるなどメリットは大きく、緊急時の対応や連絡先もわかりやすく書いてあり、家族も安心できる。医師をはじめ看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーがメッセージを書くことで患者の安心につながり、医療スタッフの息が吹き込まれた、生きているカルテになっている。この経験をもとに、片渕医師は2013年10月より、日本癌治療学会のがん診療連携の委員長として、新たに「がん医療ネットワークナビゲーター制度」を導入し、全国的視野で展開している。この中で、熊本県でも昨秋にナビゲーターが誕生し、がん専門相談員ととともに活躍している。
片渕医師は代々医師の家の5代目として生まれ、熊本大学医学部に進学、卒業にあたり実家である産婦人科の医院を継ぐために地元に帰ることを迷ったが、母校に残り産婦人科の研修医を経て病理学の道を進む決意をする。その後、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学に留学し、婦人科病理学の世界的権威であるロバート・カーマン教授の下で膨大な量と種類の病理組織診断に従事する。「婦人科領域の病理診断では婦人科医のだれにも負けないという自負があるのはこのときの経験のおかげです」と片渕医師は話す。
子宮や卵巣をとるかとらないか、抗がん剤治療や放射線治療などを追加するかどうかを最終的に決めるのは病理組織診断であり、臨床医はその診断に従わなければならない。それくらい重要なものだからと今も自ら毎日全ての症例の標本を顕微鏡でのぞき、病理専門医によって下された診断を臨床医の立場で総合的に判断している。

医師プロフィール

1982年 熊本大学医学部 卒業
1988年 熊本大学大学院医学研究科卒業、医学博士
1993年 米国ジョンズ・ホプキンス大学医学部研究員(病理学)
2000年 JICAよりメキシコ女性の健康プロジェクト「子宮頸がんの早期発見と予後改善」の医療支援のため派遣される。
2004年 熊本大学大学院医学薬学研究部教授
2009年 熊本大学大学院生命科学研究部教授

【現職】
熊本大学大学院生命科学研究部産科婦人科学分野、教授
熊本大学医学部附属病院副病院長(地域医療連携担当)
熊本大学医学部附属病院成育医療部門、部門長
熊本大学医学部附属病院総合周産期母子医療センター、センター長
熊本大学医学部附属病院地域医療連携センター、センター長
生殖医療・がん連携センター、センター長
熊本県「私のカルテ」がん連携センター、センター長
大分大学・長崎大学、非常勤講師
日本学術振興会学術システム研究センター、専門研究員