後天性免疫不全症候群(AIDS)〔こうてんせいめんえきふぜんしょうこうぐん(えいず)〕 家庭の医学

 ヒト免疫不全ウイルス(HIV:Human Immunodeficiency Virus)の感染により生ずる病気です。HIVに感染した状態をHIV感染症と呼び、このなかで病態が進み免疫力がいちじるしく低下してしまった状態を後天性免疫不全症候群(AIDS:acquired immunodeficiency syndrome)と呼びます。HIVの感染は性的接触、母子感染、血液や体液の傷口からの侵入などで起こりますが、日常生活での接触で感染することはありません。
 WHO(世界保健機関)の推定によると2003年末で世界のHIV感染生存者数が4,000万人で、2003年1年間で500万人が新たにHIVに感染し、300万人がHIV/AIDSで死亡したと発表されていましたが、国連合同エイズ計画(UNAIDS:Joint United Nations Programme on HIV/AIDS)の2021年の推計では、世界の新規HIV感染者数は年間約150万人、死亡者数は年間約65万人と減少してきています。これにはHIV感染症に対する啓発活動や治療薬の進歩、早期治療開始で感染を防止、WHOやUNAIDSが旗振り役となり発展途上国にも治療薬を行き渡らせようとする運動が急速にひろがったことなどが大きく関係しているものと考えられます。
 日本は残念なことに先進国でありながら、長い間新規感染者が漸増ないし横ばいの状態が続き、HIV感染者/AIDS患者合わせて毎年1500人前後の新規感染者が発生していて、2016年には累計で2万7000人を突破しています。啓発活動が足りず、多くの人がSTD(sexually transmitted diseases:性感染症)の存在を忘れがちだからだと思われますが、2021年の新規感染者数は1057人であり、近年は減少傾向にあるようです。
 日本での1985~2021年の血液製剤以外の経路で感染した人の累積報告数は、HIV感染者2万3231人(男性2万640人、女性2591人)、AIDS患者1万306人(男性9421人、女性885人)と報告されています。男性同性間性的接触(両性間性的接触を含む)による感染が多くなっており、同性間、異性間を問わず、性的接触による感染の予防に配慮することが重要です。

[症状]
 感染の初期にはインフルエンザのような症状がありますが、自然におさまり、その後エイズ発症まで長い無症候期があります。この無症候期は、なにも治療しなかった場合、約10年ですが、正しい抗HIV療法を受けると、この期間をかなり長くすることができます。治療は早いほうが有効性が高いといわれています。
 HIVはCD4陽性リンパ球に感染し、この細胞をこわしていきます。このため、放置しておくとからだの免疫力がおとろえ、いろいろな感染症にかかりやすくなったり、また、もともと自分がもっていた病原体が活動を始め、感染症を発症するようになったりします。このようにして出てくる感染症でいちばん多いのは、カビの仲間であるニューモシスチス・イロベチイ(Pneumocystis jirovecii)によってひき起こされるニューモシスチス肺炎で、ついでカンジダ症、サイトメガロウイルス感染症結核、非定型抗酸菌症の順となっています。悪性腫瘍もできやすくなります。

[診断]
 HIV感染症の診断は通常、HIVに対する抗体の有無で判定します。スクリーニングテストと確認試験の両方で陽性であれば、HIV感染症です。抗体による確認試験の代わりに、HIVの遺伝子を増幅して確認する方法もおこなわれています。エイズの診断には23項目の指標疾患(ニューモシスチス肺炎など)があり、このうち1項目以上に該当した場合、エイズとします。

[治療]
 かつては、HIV感染症やエイズに対する治療法にはあまりよいものがありませんでしたが、核酸系逆転写酵素阻害薬に加え、非核酸系逆転写酵素阻害薬、プロテアーゼ阻害薬、インテグラー阻害薬、CCR5阻害薬が開発され、それらを併用することで、いままでにない良好な成績が得られることがあきらかになってきました。
 3剤以上の抗HIV薬(antiretroviral drug:ARV)を組み合わせて服用する多剤併用療法(Combination Antiretroviral Therapy:cART)が、今日のHIV感染症の標準治療法となっており、これにより、感染症などの合併症を起こすことも非常に少なくなり、死亡率も激減しました。この治療方法によれば血中HIV-RNAは100分の1以下に低下し、80%以上の患者でHIV-RNAが測定感度以下となり、また、CD4陽性リンパ球数は1年後には平均200個/μL上昇します。
 多剤併用療法ではウイルスの複製が強力に抑えられるため、薬剤耐性ウイルスの出現がかなり遅れ、長期にわたりHIVを抑えられることがあきらかとなりました。副作用が多いこと、治療費が高いこと、服薬時間が複雑であること、併用薬に気をつけなければならないことなど、問題点も多く、改善の余地は大きいのですが、治療戦略に見通しができたことは大きな進歩です。
 HIV感染症の治療では、服薬状況を良好に保つことが必要で、服薬が不十分ですとたちまち耐性ウイルスができてしまいます。最近では1日1回の服用ですむ合剤が開発され、服薬も容易となって、治療の成功率は飛躍的に向上しています。また、このような治療をおこなうことにより、出産時の母子感染も大幅に抑えられるようになりました。

【参照】
 子どもの病気:HIV感染症
 脳・脊髄・末梢神経・筋の病気:エイズ脳症

(執筆・監修:熊本大学大学院生命科学研究部 客員教授/東京医科大学微生物学分野 兼任教授 岩田 敏)
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